嘘つきだった自分が「かおりん」に出会って本当の言葉を得た。大田ステファニー歓人『みどりいせき』インタビュー
PR 更新日:2024/5/31
2023年、著作である『みどりいせき』が第47回すばる文学賞を受賞し、「どもう、ステファニーだお」から始まる受賞コメントや、授賞式での詩の朗読が世間の話題をさらった新人小説家・大田ステファニー歓人。
『みどりいせき』は、学校生活になじめず不登校気味の主人公・「僕」が、小学生時代に野球でバッテリーを組んでいた「春」に再会し、闇バイトに巻き込まれていく──という少しダークな青春小説だ。隠語が多用された独特な文体に疾走感あふれる展開。物語にぐっと引き込まれ、筆者はまるで音楽を夢中で聴いている時のように気づけば最後のページを開いていた。独自の世界観を持つ作品や彼自身に興味を惹かれる人はネット上で後を絶たない。
2月5日の単行本発売に際して、彼のこれまでの創作の話、小説『みどりいせき』、そして今後の作家活動について話を聞いた。取材場所に現れた彼は、ポップなファッションに身を包み、「人見知りなんで」と言いながらはにかむ優しそうな青年であった。
中学時代、行き場のない感情を音楽にぶつけていた
──すばる文学賞の受賞おめでとうございます。2月5日に発売される『みどりいせき』単行本の書影、作品の雰囲気に合っていてとても素敵です。
大田ステファニーさん(以下、ステファニー):ありがとうございます。装丁で使用されているグラフィックは妹が作ったやつです。妹の表現めっちゃ好きで、過去の作品の中に『みどりいせき』にめっちゃフィットするのがあったんで、「イメージ的にこういうのだとジャケがしっくりくるかもしれないです」っていうのだけお伝えしたら、川名潤さんが最大限に生かしてくれました。
──妹さんの作品なんですね! 仲は良いんですか?
ステファニー:仲良くなったのは最近ですね。子どものときは、年近い兄妹なんで、もうずっと喧嘩してて。大人になってからお互い話すようになりました。授賞式にも来てくれて、これ(装画)も使わせてくれた。
──授賞式にはお母さまもいらっしゃっていたと聞きました。
ステファニー:はい。父が車椅子押して。親孝行しました。(授賞式で)二人めっちゃご飯食べていましたね。
──(笑)。『みどりいせき』のことも後ほど伺いたいのですが、まずはステファニーさんの創作の原点についての話を伺いたいです。中学の頃、「表現しなきゃ爆発しそうになった時期があったけれどできなくて、ひたすら音楽や小説、映画に触れていた」と他のインタビューで拝見したのですが、その時期についてのことを教えてください。
ステファニー:単純に反抗期とか思春期って感じです。映画とか音楽とか小説に触れているときは楽しい。でもそれ以外の学校時間は楽しくない。どうせだったら楽しい時間だけで自分の時間を埋めたいから、学校にはあんまり行かない。そんな感じです。
楽しいものに浸っている間はいいですけど、学校ってそういうのに理解がない空間じゃないですか。「あいつ全然学校こねえよ」とか「勉強できねえんだよ」「部活もやめちゃったらしいよ」みたいな感じですぐ噂になる。そういうふうに思われても楽しかったんですけど、自分のエンジョイ具合と人からの蔑まれ具合のギャップをすごく感じて、それで落ち込んでしまったっていうか。中学生って繊細だから。
──思春期は、周囲をどうしても気にしてしまいますよね。
ステファニー:本当はそんな必要なんて全然なかったんですけどね。でも、それを今だったらこうやって言葉に変えられるけど当時はできないから、行き場のない気持ちを発散するために、親に当たったり悪いことをしそうになったりしていた。ただ周りに悪い影響を撒き散らしているみたいな時期でしたね、中学生のときは。その先もだけど。
後から振り返って、ああいうときに、自分の葛藤を昇華する術としての芸術がそばにあれば、自分から作ってもいいんだよっていうのを知っていれば、荒れていなかったのかもなって思います。
──そのときに触れられていた小説や映画、音楽はどういうものでしたか?
ステファニー:音楽が7割でしたね。残りの2割が映画、1割が小説みたいな感じ。ハイロウズを最初に好きになって、そのあとザ・クロマニヨンズにハマって。ヒロトとマーシーの好きなものをディグっていくうちに、だんだんソウルやR&Bやブルース、パンクが好きになりました。魂の叫びと技術的なグルーヴが連動している音楽にすごいグッと来るようになって。
やっぱり気持ちの行き場のなさをどうしていいかわかんない時期だったので、それをうまく操っている人に無意識に憧れていたんだと思います。ヒロトとかマーシーは音だけじゃなくて言葉も使っているじゃないすか。中学生のめっちゃバカな自分にもわかるし、その時受けた感動のフレッシュさって大人になった今聞き返しても変わらない。
だから、ヒロトやマーシーとか中学のときに聴いていていたブラックミュージックにはhiphop好きな今も影響受けています。魂の叫び具合、悲痛さが、他のものと比べて全然違うから。命に関わるようなところから生まれてきているもの。でも、曲とかメロディーとかはめっちゃ優しい。悲しいことを悲しく歌わずにいいバイブスに昇華しているのはすごいです。
はじめて書いた小説は、学校という体制へのアンチテーゼ
──高校を卒業してからは映像系の大学に進まれ、評論を専攻されていたんですよね。大学時代はどういう文章を書かれていたんでしょうか?
ステファニー:大学んときは、そんな活動的に書いていたわけじゃなくて、レポート出すとか、友達が同人誌作るからって頼まれた時とか、大学の広報の学生部の人が入学案内にパンフレットを作るから書いてとか、そういう時に声かけてもらって書くくらい。自分から文章書いて読んでもらって、みたいな感じは全くなかったです。
でも、関川夏央さんとの出会いはやっぱデカかったです。たとえば「新聞記者になったつもりで自分の地元の最寄り駅、街周辺の紹介記事を書く」みたいな課題があったんですけど。新聞なんて読んだことないから、記者の文体とかわかんない。だから全部タメ口でブログみたいな感じのを出したら、呆れられたけど「換骨奪胎をしている」っていいふうにも捉えてくれて。普通とは違う水準で面白がってくれたり、「こんな恥ずかしいことをちゃんと書くのは偉い」と褒めてもらったりして、文章を書くおもしろさを教えてもらいました。
何をどう書くと読者にどうイメージが伝わるかみたいな技術的なことも関川さんからは勝手にいろいろ学んでいました。直接言われたわけじゃないすけど、関川さんが言っていることや実際これまで関川さんが作ってきたものに勝手に接してみて、そこから。いろんな角度からモチベーションを与えてくださる方でした。
──はじめて小説を書かれたのはいつなのでしょうか?
ステファニー:大学卒業してからは働いていたので、実際に書いたのは3年前ぐらいとかですね。コロナ禍で、仕事が全然なくなって暇だから書いてみて群像に応募したのが最初です。今回の『みどりいせき』が2作目。
──最初の小説は、どのような作品だったのでしょうか。
ステファニー:自分は日本の教育が結構歪んでいるって思っているんで、そこに対して言いたいことがあって書きました。
──教育が歪んでいるとは、具体的には?
ステファニー:カリキュラムとかそういう細かいことはわからないすけど、単純に「従わせられる」じゃないですか。それが人の人生にどういう影響があるのかなっていうのが気になって。学校のせいで歪んだ人はたくさんいると思う。たとえば授業中に歩き回っているやつは、先生とか学校の基準で見たら外れているやつなだけ。学校なんて社会を形づくっているものの一部でしかないのに、その尺度で変わり者扱いされて、我慢できない、辛抱ないやつとして子供の頃からスティグマ刻まれて育つって異常だなって思いがずっとあって。そういうのを小説で書きたかった。
──それは、ステファニーさん自身が実際に思春期に感じていたことと通ずるものがあったということですよね。
ステファニー:まさにそうです。
『みどりいせき』は、「体制から距離を取る若者」を外側から描いた
──『みどりいせき』を書かれるときはどんなテーマを描こうと思っていたのでしょうか。
ステファニー:前作では体制の「内側」で苦しむ人間を書いたんですけど、『みどりいせき』は、体制からある程度の距離を置いて、自分の中で相対的に距離を取って暮らしている人たちの話を書きたいと思いました。だから、前作と合わせて主人公が両方を知る感じですかね。学校の内と外を冒険して、知って世界がちょっと立体的になるみたいな。前作と『みどりいせき』は、世界線が同じところがあるんです。
──前作も、ものすごく読みたくなります。もう一つ、『みどりいせき』には「恋愛感情が絡まない友情」もテーマにあると感じたのですが。
ステファニー:単純に、高校生、未成年の男女が一緒にいるだけで恋愛の流れを想像するのって上の代からの洗脳だなと思っていたんで、恋愛のない友情を書きました。出会った男女で必ず恋愛すんのかよ、みたいなのはずっと自分の中にあった。作品だと勘ぐりしながらみんな見ちゃうじゃないすか。この2人どうなんのかな、みたいな。「男と女すぐキスさせんの安直だろ、制作者発情期かよ」って呆れる気持ちは、昔からあったんです。
──『みどりいせき』は文体がかなり特徴的かと思いますが、その文体は前作から?
ステファニー:前作はもうちょっと読みやすいです。『みどりいせき』の主人公は、うちの中ではめっちゃバカなやつの設定だけど、前作の主人公は、勉強は好きで、知らないことを知ると楽しい、知る前と知った後の自分の成長を自分で感じられる。それだけでいいのに、学校行ったらいろいろ折り合いつけなきゃいけない部分に疲れている、みたいな話だったので。そういうやつのひとり語りの物語なんで、文体としてはもうちょっと落ち着いた感じですね。
──主人公に憑依して文体を書き分けている感じでしょうか。
ステファニー:憑依っていうよりかは、ナビゲートしている感覚の方が近いです。文章がどんどん積み重なって、読者の中に本のイメージが膨らんでくる。その時に文体はナビゲーターにならなきゃいけないと思っています。文体は、自分が見せたいビジョンに誘導するための装置。
だから、みどりいせきの文体で1個前のやつを書いたら印象が変わるし、逆もそう。憑依しているっていうよりは、なるべく読者には好きに読んでもらいたいけど「作者としてはこういうナビゲーションをしてる」っていうのを伝えたい。でも恣意的すぎると、自分だったら読んでいてしらけちゃうから、もっと文体の水準でと言うか……。例えばまろやかな単語だったらまろやかなイメージが積み重なっていくし、鋭い言葉が書かれていたら鋭い切れ味の作品のイメージになる。言葉を受け取るイメージの段階で、ある程度方向性を導いてるって感じですかね。ある程度はこういう方向性で読んでくれっていうものの下地。空港のエスカレーターみたいに誘導しているというか。
「かおりん」との出会いが小説に与えた影響
──ステファニーさんは、授賞式やコメントなどでもよくパートナーの「かおりん」さんのことをおっしゃっています。彼女との出会いが作品に与えた影響はありますか?
ステファニー:もちろんあります。まず、自分は幼い時からめっちゃ嘘つきで。自分の気持ちを言葉にしたせいで、大人に「うわっ!!」みたいな引いたリアクションされることが子供のときから多かったから、もうキレられたりするのがだるくて、その場が適当にすめばいいと思ってごまかすために嘘をいろいろ言っていたんです。
でも、かおりんはとにかく嘘が嫌い。自分は嘘ついているって自覚があんまないっていうか、口を開くとスルスル事実と異なる情報が勝手に出てくるみたいな感じだったんですけど。それは自分を大きく見せようとかいうわけじゃなくて、頭を使わずに喋ると事実と違う言葉が口から出てきてしまう。でもそういう自分の適当な部分を普通に気持ち悪がられて。かおりんからしたら、何が本当かわかんないことしか言わないやつと話しても意味ないじゃないすか。
だから自分も喋るときは考えながら、自分の気持ちをディグって、ちゃんと言葉にして喋るようになって。かおりんと接していくうちに、心を形に……感情を言葉にするのにためらいがなくなってきたんです。
──言葉の使い方が普段から変わったのですね。
ステファニー:そう。かおりんにだったら、どんな自分の内面でも見てもらっていいから嘘つく必要がない。そうすると、言葉って嘘がないとすごい響くんだなっていうのを感じるようになったんです。それって文章を書くときにはすごい生きること。町田康さんも、「良い文章を書くには、本当のことを書けばいいだけ」って仰っていました。そのパンチラインと、かおりんの存在自体が重なる部分があるなって感じっす。
新作は、自分の内面をぶつけた作品を書いている
──Twitterで新作の執筆に取り組まれているとお見かけしたのですが、次の新刊はどんな物語なのでしょうか。
ステファニー:次は結構さらけ出す感じですね。パラレルな自分って感じ。はじめて重なる部分の多い人を書いている気持ちがあります。だから、今の自分が抱えている憤りとかがブンガク的に書かれるんじゃないかな。赤(赤ちゃん)を迎える今の時期の気持ちだったり……。
自分が読みたいものを書く。だから参考になる作品とか考えてみたけど、誰のも参考にならない、だから自分で書く。生活っていろんな悩み事で埋もれているじゃないですか。だからいろんな悩み事がうちの文才(笑)で書かれるんじゃないかなって思います。
超すごい私的なことではあるけど、私的なことを突き詰めて書いたら、絶対書かれたことないものになると思うんです。スコセッシも、「一番個人的なことが一番普遍的」みたいなことを言っていたので。
──私的なことを小説に書き、それが多くの人に読まれることに対する怖さはありますか?
ステファニー:もちろんあります。めっちゃ怖いっす。かおりんは大丈夫って言ってくれていますけど、自分の弱さと向き合うのはダルい。でもそれが作家なんで。不安はありつつ楽しくやっています。
──作家としての覚悟を感じます。
ステファニー:覚悟って言葉で言うのは簡単ですけど、これからちょっとずつどんどん苦しくなってくのに耐えられるかどうかってだけじゃないすか。覚悟はないっす。わかんないです。頑張ります。って感じですか。ごめんなさい、なんか偉そうに。
──とんでもないです。最後に、ステファニーさんが人生を生きる上で大事にされていることを教えてください。
ステファニー:……(しばしの沈黙)。今ガザで起きている虐殺に、すごいショックを受けています。何かを楽しんでいる時間とか、自分の幸せな時間が誰かの犠牲で成り立ってないかはいつも考えていたい。何か踏みつけてて居心地いいならそれで生きていければいいけど、うちはダサいから嫌です。世界に何が起きているか。どうか皆さんも目を向けてほしいです。
取材・文=あかしゆか、撮影=金澤正平