怪物出現と殺人事件。日本一技の数が多いミステリー作家・潮谷験が贈る奇想天外な新作!――『ミノタウロス現象』レビュー【評者:杉江松恋】

文芸・カルチャー

公開日:2024/1/31

人智を超えた存在を、殺人に利用したのは誰だ?
潮谷験『ミノタウロス現象』レビュー

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怪物出現と殺人事件。日本一技の数が多いミステリー作家・潮谷験が贈る奇想天外な新作!

書評:杉江松恋(書評家)

  みんなー、また潮谷験が奇想天外なミステリーを書いたよー。
 ここに拡声器があったら、スイッチを入れて最大音量で叫びたい。潮谷験が何か新しいことをやれば、それはとてつもなくへんてこで、たまらなくおもしろいに違いないからだ。おそらく日本一技の数が多いミステリー作家、それが潮谷験である。
 新作『ミノタウロス現象』は、オーストリア・エスリンク地方の牧場に怪現象が起きることから始まる話だ。水牛のような頭を持つ、身の丈3メートルの怪物が出現したのである。それを皮切りに、世界各地に牛頭の怪物が出現するようになった。救いは見かけほど手ごわくなく、駆除が可能だったことだ。牛、弱かった。
 と、ここまでが前段である。物語の舞台は日本の京都府眉原市に移る。弱冠25歳で市長となった女性、利根川翼が本作の主人公である。利根川は別に政治家志望ではなくて、元はベーシストとしてバンドをやっていた。たまたま羊川葉月という人物と知り合い、彼女を秘書として市長選挙に出てみたら、泡沫候補であるにも関わらず当選してしまったのだ。
 支持基盤を持たない利根川にとって最も危険なことは、誰かに決定的な弱みを握られることである。どの会派にも与せずにバランスを取ってきた利根川は、とんでもない事態に巻き込まれる。市議会開催中に起きた殺人事件の重要参考人になってしまったのだ。市長として後ろ暗いことがないことを証明するためには、不可解な部分の多い事件の謎を解き明かさなければならない。だが、それは非常に困難だった。何しろ事件は、世界中で起きている怪物現象と、市井の根底を揺るがしかねない醜聞の両方に絡んでいるようなのである。そんな謎、どうやって解けばいいのか。
 ここまでが明かしてもいい情報で、怪物出現と殺人事件の間にどういう関係があるのか、とか余計なことは書かない。もう一つ付け加えると、迷宮の問題がさらに出てくる。題名にあるミノタウロスはギリシャ神話に出てくる牛頭の怪物で、クレタ島の迷宮に幽閉されていたという。その迷宮である。怪物、迷宮、醜聞という三本柱だ。
 潮谷験のデビュー作は第63回メフィスト賞を受賞した『スイッチ 悪意の実験』(講談社文庫。以下同)で、スイッチを押すと人を破滅させられるという嫌な社会実験が描かれ、その中である行為をした犯人を捜すという物語だった。以来この作者は、一、前例のない設定や状況が描かれること、二、それを活かした形で必ず犯人捜しの謎解きが行われること、三、毎回まったく異なるプロットを使うこと、という三つの縛りを自らに課して作品を書き続けてきた。第二作『時空犯』では同じ一日が何度もくりかえされるというタイムループもの、第三作『エンドロール』は新型コロナウイルス流行の影響で自殺礼賛論が蔓延した社会が舞台、第四作『あらゆる薔薇のために』は罹患すると記憶を喪う奇病の存在が前提で、その患者や医師ら関係者の間で連続殺人事件が起きるという内容だ。ほら、まったく違う。
 毎回趣向を変えながら、しかも伏線呈示と論理的な謎解きはしっかりやるという基本だけは絶対守り続けるという硬派な姿勢でこれまでやってきた。毎回何をやるかわからないけど、ちゃんとしたミステリーであることは絶対に信頼していい作家。それが潮谷験なのである。
 本作で初めて挑戦したのは、コミック・ノヴェルだろう。ミステリーにはスラップスティックな笑いの連続で語られるものがある。その路線で、まず主人公からして、オリジナルの曲をベースで演奏するとどんな人間も動物も悶絶する音が出る「不愉快な音楽を生み出す天才」なのである。秘書の羊川との会話も漫才のボケとツッコミみたいでテンポがいいし、事件が起きてやってくる通訳役のアメリカ人女性は「日本語そこそこ大丈夫」「デーブ・スペクターの八十パーセントくらい話せます」と自己紹介する。それはほぼネイティヴだ。
 とにかくポップなのである。怪獣小説のお約束通り後半では怪物出現と撃退の場面が描かれるが、その対策も意表をついてくる。そもそも怪物がなぜ存在するのかという原理自体が人を食ったものだ。潮谷験、こんなに軽いものが書けるのか、と改めて関心した次第。そしてもちろん、どたばたと笑いの中に真相を示唆する手がかりが埋め込まれている。やっぱり謎解きはちゃんとやるのだ。鍋を食べたら最後は〆でしょう、という感じで最後まで楽しませてくれる。
 潮谷験、本当に引き出しの多い作家だ。あといくつ隠しているんだろうか。京都在住作家だから、次作は森見登美彦、万城目学ばりの古都青春ミステリーだったりして。

作品紹介

ミノタウロス現象
著者:潮谷 験
定価: 2,145円(本体1,950円+税)
発売日:2024年2月2日

近い将来、人類はこの怪物に駆逐されるのか。そんな世界で、不可能犯罪が起こった。

目の前には三メートル超えの怪物、背後には震える少年。好感度を何よりも重視する史上最年少市長・利根川翼は、人生最大のピンチに陥っていた。だが、その危機からの脱出直後、「異様な死体」が発見される――。容疑者の一人になってしまった翼は、自身の疑惑を晴らすために謎解きを始める。『スイッチ 悪意の実験』『時空犯』で話題の新鋭が挑む、渾身の本格ミステリ。

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