強面・極道引退オヤジ×いたずら好きの猫『オヤジとにゃん吉』。コミカルな“仁義なき戦い”が愛おしい
公開日:2024/2/15
心がトゲトゲしている時や言葉にならない孤独を感じている時、猫は思わぬ笑顔を運んできてくれる生き物だ。意外に知的なイタズラや自由奔放な行動に笑顔を貰うと、日常が少し楽しくなる。
『オヤジとにゃん吉』(片倉頼/小学館)は、そんな猫の魅力を改めて噛みしめられる猫コミックスだ。本作の主人公・松方久秀は、元極道。その昔、激化したヤクザ同士の抗争に終止符を打った、伝説の男である。そんな最恐の男は年老いて、極道を引退。当初は平穏な日々を満喫するつもりだったが、平和すぎる日常に張り合いのなさを感じていた。
そんな時に出会ったのが、イタズラ好きの野良猫。その猫は松方が先代組長から譲り受けた盆栽を棚の上から落とした。
傍若無人な態度に怒りを覚えた松方は盆栽の敵討ちをしようと猫に立ち向かったが、人間よりもはるかに高い身体能力で攻撃をかわされ、完敗してしまう。この戦いで猫側も火が付いたのか、この日を境に、なぜか毎日、松方の家を訪れるように。2人はコミカルな“仁義なき戦い”を繰り広げ始める。
どこか自分を小馬鹿にしているような猫を、なんとしても負かしたい松方は水鉄砲で迎え撃ったり、迫力ある顔ですごんだりと徹底抗戦。しかし、猫のほうがいつも一枚上手で、松方は翻弄させられてしまうのだ。
そんな日々を繰り返していると、松方の中で猫に対する気持ちが少しずつ変化。本作には、そうした感情の動きが丁寧に描かれており、ほっこりさせられもする。
個人的に胸が締め付けられたのは、猫に対する松方の愛が確実に大きくなっていると感じられた、雨の日のエピソードだ。
ある大雨の日、珍しく猫が姿を見せなかったことから、松方は久しぶりに静かな時間を満喫しようとするも、つい猫のことを考えてしまう。ずぶ濡れてシケた面してねぇだろうな…。まさか凍えてるんじゃ…。そう考え、いても立ってもいられなくなった松方は懐中電灯の電池を買いに行くだけだと自分に言い訳をし、雨の中、猫を捜索し始める。
いると腹立たしくなることも多いけれど、いないとなんだか寂しくて心配になる。猫に対する松方のそんな感情は家族に対して抱く気持ちとどこか似ていて、温かい気持ちになる。
また、松方が猫に名前を付けた時のエピソードにも頬が緩む。「テメェ 待てコラァ!」と、イタズラした猫を追いかけることが日課となった松方は、追いかけている相手が猫であることを暗に伝え、ご近所さんを怖がらせないよう、猫の名前を考え始める。
その際、頭に浮かんだのは「一生ものだから」と徹夜して、我が子の名前を考えた日のこと。適当に付けるのではなく、大切な記憶を思い出しながら、“そいつらしい一生ものの名前”を付けようと試行錯誤する松方の姿からは猫を想う心がうかがえ、目尻が下がった。
結局、猫の名前は「にゃん吉」に決定。松方はにゃん吉と微笑ましいバトルを続けながら、猫という生き物への理解を深めていくようにもなる。
ねこじゃらしには興味を引く動かし方があることや寝相は心配になるほどぐちゃぐちゃなことなど、松方が得る発見は世の猫好きが初めて猫と触れ合った時に驚かされたことばかり。だからこそ、本作を手に取ると、自分の中にあるかけがえのない猫との思い出が掘り起こされ、懐かしい気持ちにもなる。
なお、本作ではストーリー展開はもちろん、にゃん吉の一挙一動にも注目してほしい。イタズラをする時に猫が見せる愛くるしい仕草や、なぜそんなにも偉そうなのかと突っ込みたくなる上から目線な態度など、細かなかわいさを作者は巧みに表現しているからだ。ぜひ、松方になった気持ちでにゃん吉に振り回されながら、2人の今後を見守ってほしい。
文=古川諭香