ヒコロヒー「こんな恋愛を経験できてたら、もう少しまともになれてたかもしれない」。妄想恋愛小説『黙って喋って』執筆秘話インタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2024/2/15

ヒコロヒーさん

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 お笑い芸人としての枠にとどまらず、MC業や女優業でも活躍する“国民的地元ツレ”・ヒコロヒーさんが、自身初の小説集『黙って喋って』(朝日新聞出版)を上梓した。その内容は、“妄想恋愛小説”。朝日新聞のWebマガジンで連載してきた短編に書き下ろしを加えた18編をまとめたものだ。連載当時から、「この感情、知っている」「身に覚えがある」と多くの人から共感を呼んだ“妄想恋愛小説”は、一体どのように誕生したのだろうか。その執筆秘話を伺った。

全部妄想…「こんな恋愛を経験できてたら、もう少しまともになれてたかもしれないです」

――今回の小説集は、朝日新聞Webマガジンで連載してきたものだそうですが、連載のオファーがあった時、どう思われたのでしょうか。

ヒコロヒーさん(以下、ヒコロヒー):本当に軽い気持ちでした。1編あたり2000文字程度とのことだったので、「やってみます」と簡単に引き受けました。

――すでに文筆では、エッセイ集『きれはし』でデビューされています。エッセイと小説で取り組み方に違いはありましたか。

ヒコロヒー:エッセイを書く時は「笑かしたいな」みたいなのが強くなるんですよね。自分が芸人として喋っているようなことを文字にするに近いっていうか、エピソードトークみたいなものなんです。でも、物語だとそんなに笑かさなくても、気にせずに読んでくれる人が多いので、気楽に書けるなぁっていうのがありますね。

――ですが、今回の短編集のテーマは「恋愛」です。書くのは難しくはなかったのでしょうか。

ヒコロヒー:そうですね。「物語を書く」「ないものを作っていく」というのは、ネタを書いたりとか、コント作ったりとかと似ているところがあったので、そんなに苦しみまくったわけではなかったですね。むしろずっと気軽で、気分転換のような気持ちで書いていきました。そもそも、連載の時は「妄想小説」みたいなタイトルだったんですけど、「小説自体が妄想なのに、なんちゅうタイトルじゃ」みたいなことはずっと思っていました。

ヒコロヒーさん

――この短編集には、男女のあらゆる恋愛模様が描かれています。“友達以上恋人未満”の彼に「あと十分一緒にいたい」とどうしても言えない甘酸っぱい時間や、浮気者の彼氏とダラダラと付き合ってしまう女心、恋人との破局後に自分の輪郭まで失われたように感じる喪失感、どうしてもやめられない不倫関係……。ついどこかに「ヒコロヒーさんの経験が反映されているのでは」と思ってしまいますが……。

ヒコロヒー:いや、それはないですね。全部妄想。ゼロイチで、ないところから、作っていきました。こんな恋愛を経験できてたら、もう少しまともになれてたかもしれないです。

――妄想力に本当に驚かされます。この物語の恋愛について、書きながら想像してみていかがでしたか。

ヒコロヒー:すっごい不倫している奴の物語も書いたんですけど、書きながら想像して、「ほんまに怖すぎ」ってなりましたね。「不倫とか浮気って、肝据わってないとできないんだなぁ」って改めて気づかされました。できれば浮気しまくり、不倫しまくりってしていきたいですし、していくタイプだと思っていたんですけど(笑)。でも、書いてみて、「意外と無理かもしれない」「怖いわぁ」って思ったりとかはありました。

――「書きながら追体験していく」ってことがあったんですね。

ヒコロヒー:まぁ、今後、もしかしたら、不倫もすることもあるかもしれないですけどね(笑)。

ヒコロヒーさん

丸の内でのご飯後、東京駅まで歩く時の会話…男女で沁みるポイントが全く違う、“惚れた腫れた”の物語

――今回の短編集は、経験があろうとなかろうと、「分かる分かる」と何度も共感させられてしまいます。そのような声に対しては、どのように思われますか。

ヒコロヒー:連載している時から、「共感できます」って声が届くことが不思議でした。「なんでやろ」って。この本に「共感しました」っていう人はあんまり幸せじゃないんだろうなって感じがしますね。「おい何を言うとんじゃ、幸せになってくれよ」と思ってます。

――周囲の方から感想をもらうこともあったのでしょうか。

ヒコロヒー:私、結構、飲みの場とかで原稿を確認することがあって、その時に、友達に「ちょっとこれだけ読んでみて」って言って見せて、男の人にも女の人にもいろんな人に読んでもらったんですけど、全然男と女で捉え方が違っていて、それが面白かったです。

 たとえば、丸の内で飯食って東京駅まで歩くっていう「覚えてないならいいんだよ」って話だと、男たちは「うわ〜、何これ…分かる」っていう感じだったんですけど、女たちは「めっちゃダルいよな、コイツ」みたいな反応で。「そういうダルい感じを書きたかってん」って感じだったんですけど、男たちは「刺さる、分かる、あるよなぁ」って沁みてくれる人が多かった。「大野」って話でも、女たちは「分かる、あるよなぁ」っていうのに、男友達は「めっちゃキモいねんけど、この女」「何なん、腹たつわ」って言ってくる。本当に顕著に違ったんですよ。

――短編「大野」は、自分のことを好きでいてくれる男友達を、都合よく使ってしまう女性の物語ですね。主人公には恋人がいますが、だけれども、自分の気持ちが落ち込んで誰かに優しくしてほしい時、ただひたすら大野に寄りかかってしまっています。

大野を好きになろうとしたことは幾度もあった。今の恋人とうまくいかない時も、前の恋人とうまくいかない時も、大野みたいに人を、大野を、好きになれたら、どれほど愛だの恋だのというものはシンプルで快くて簡単で円滑だろうかと考えては試みて、大野をむやみに期待させては土壇場で踵を返して逃げ出していた。

――私はこの女性にかなり共感してしまったのですが、男女で捉え方が違うものなんですね。

ヒコロヒー:私の周りだけかもしれないけど、そうみたいです。どの物語でも、いろんな人に「なんでこの時にこの人はこういうことを言ったの」みたいなことを聞かれて「なんでやと思う」って聞いてみても、答えは100通りという感じで。男女で全然違って結構興味深かったので、自分なりに考察しながら、解釈しながら、読んでもらえたらいいと思います。

ヒコロヒーさん

飲み屋で流れるJ-POPのお琴バージョン…日常のささいなところに着想のヒントが

――ヒコロヒーさんの作品は、ネタでも本でも、日常生活のうまく言葉にできないような場面やささやかな出来事をすくいとってくれるところに魅力を感じます。どの作品も、「どう発想されたんだろう」と思わされるような。

ヒコロヒー:そうですね。ちょっと全部「こんなこと起きたら笑ろてまうんじゃないか」みたいな、「おもろいんじゃないか」みたいなところで設定していってますね。

 たとえば、既婚者と付き合ってしまった女性と、彼の妻とのバトルを描いた「克典さんっていつもこうなの」って作品は、「喫茶店とかでよそよそしい二人組」みたいなのを見た時に、「あ、この人、相手の旦那と浮気してて話し合っているのかな」「そうだったらおもろいのになぁ」っていう最悪な目線で見ちゃったことがキッカケだったかと。

 あと、普段感じた違和感も作品になってますね。彼氏の女友達について書いた「かわいいなぁ、女の子って感じ」って作品は、確か飲み屋とかで、あっけらかんとしている女性に興味を持って。「ギャハハ、私、気取ってませんよ」みたいな感じだけど、私は、「ん、この人、めっちゃファンデーション綺麗に塗っているよなぁ」とか「ちゃんとピアスを外さずにつけたまま飯食い続けてるよなぁ」とか思って、ちっちゃな違和感を持った時に、「これ書こうかな」って思った感じでした。そういう風に全体的に作っていっているのかなと思います。

――書いていて「ああ、これが描きたかったんだ」と思わされた作品はあるんでしょうか。

ヒコロヒー:そうですね。たまに飲み屋で、J-POPをお琴バージョンで弾いたのを流しているところがありますけど、私全部が不思議で。「なんでX JAPANの紅を琴で聴きたいと思ったんやろう」っていうのと、「それを聴きたい人がいるっていう自信があったんだろう」っていうのと、「なんでこの天ぷら屋さんはそれを選んで流しているんだろう」って、「この店はどういう設定なんだろうみたいな」って、それが結構ずっと不思議だったんです。そういうことを「大野」で書くことができて。それをチクッと言えたのがよかったですね」

——そこなんですね(笑)。それもささやかな場面ですけど、でも、そういうささやかな描写の積み重ねが物語のリアルさを生んでいるように思います。

ヒコロヒー:そう言ってもらえるとありがたいですね。

――今後も執筆活動は続くのでしょうか。今後の抱負はありますか。

ヒコロヒー:いやいや、気楽に行きたいです。締め切りすぎてもあまり怒られないところとばっかり仕事をさせていただいているので、今後もそういうところとだけ仲良くしていきたいです。

ヒコロヒーさん

 ヒコロヒーさんの物語には妙なリアリティがある。気になっている人に「どうでもいい人だったら俺こんなとこ来ないからな」とドヤ顔気味に言う男も、皿にも移し替えずにコンビニの春雨サラダを食べながら宅飲みで恋バナをする女たちも、どういうわけか身近に感じてしまう。とても他人事とは思えない気がしてくる。男女によっても、読む人の立場によっても、感じ方が変わってくる“妄想恋愛短編集”。あなたも、ヒコロヒーさんだからこそ書けた超リアルなこの作品を読んで、恋人や友人と、あれこれと感想を言い合ってみてはいかがだろうか。

取材・文=アサトーミナミ 撮影=後藤利江

ヒコロヒーさん