【TVアニメ化】恋に破れた女子×モブキャラのラブコメ『負けヒロインが多すぎる!』。彼女たちに絡まれるモブ男子の運命は?

文芸・カルチャー

公開日:2024/3/18

負けヒロインが多すぎる!
負けヒロインが多すぎる!@comic』(雨森たきび:原作、いたち:漫画、いみぎむる:キャラクター原案/小学館)

“負けヒロイン”を応援したことがある者だけが楽しめる物語がある。と、これは冗談だが、ラブコメ好きの紳士淑女のご同輩たち皆にぜひ読んでほしいのが『負けヒロインが多すぎる!@comic』(雨森たきび:原作、いたち:漫画、いみぎむる:キャラクター原案/小学館)である。

 大半のラブコメ作品(ここでは男性向け)において、いわゆる正ヒロインが主人公と結ばれると、そこで彼女の恋敵、主人公を好きだった他のキャラクターは選ばれない。このキャラが“負けヒロイン”である。彼女たちが本命のヒロインとライバルになるのが物語の王道だが、複数のヒロインが登場して誰が主人公と結ばれて正ヒロインになるのか分からない、という状況を描くラブコメも多くある。

 ただ“負けヒロイン”は背景やNPCや“モブ”ではない。彼女たちに感情移入する読者もたくさんいる。だから人気が出てグッズが作られたり、スピンオフ作品が描かれたりもする。負けていても輝いているキャラクターであるのは間違いないからだ。

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負けヒロインが多すぎる!@comic

 前置きが長くなったが、ありそうでなかった“負けヒロイン”を中心に描いた本作は、第15回小学館ライトノベル大賞「ガガガ賞」に輝き、2024年にTVアニメの放映を控えた同名小説をコミカライズしたもの。コミックは2巻、原作小説は現在6巻まで書籍化されている。

ラブコメ好き主人公の前に現れたハイスペック負けヒロイン

 物語は、高校生、温水和彦(ぬくみず かずひこ)がファミレスでラブコメ作品を読んでいたところから始まる。彼は自分をクラスの背景、モブキャラクターと認識しており、静かに本に浸って満足していた。ただ温水はその日、店内で同じクラスの美少女・八奈見杏菜(やなみ あんな)が男子に振られるのを目撃する。

 一人になった八奈見は彼に気づくと、座席を移動してきて一方的にまくしたててきた。「あいつ、私をお嫁さんにするって言ったのに、ひどくないかな?」。

負けヒロインが多すぎる!@comic

 それは何歳のときなのか、戸惑いながら温水が尋ねると「4歳か5歳のときだけど」という八奈見。彼は数多のラブコメを読んできた男で、彼女がまごうかたなき“負けヒロイン”だと確信した。そして、この日をきっかけに彼は八奈見と毎日話すようになる。

 温水はファミレスで彼女の支払いを立て替えた。すると八奈見はこんな提案をしてきた。「お金がないから毎日お弁当を作ってくる、それに値段をつけてもらって返金にするのはどうかな……」。なんと昼休みにこっそり二人で手作り弁当を食べるイベントが発生する。

負けヒロインが多すぎる!@comic

 同級生美少女と秘密のランチタイム! 羨ましい! めちゃめちゃラブコメのフラグが立った!と私たちは気色ばむところだ。ただ温水は「これはラブコメ王道のイベントだが、面倒くさい」としか思わない。彼は恋に憧れてはいても、男女のドラマは現実の自分とは関係がなく、ただただ物語を楽しむことが好きだったからだ。

 強引に押し切られ、昼休みのたびに弁当を食べながら八奈見の話に付き合うことになる温水。いくら聞いても「彼女に逆転の目はない」と感じる。八奈見と幼馴染の袴田草介とは12年前からの付き合いで、彼女は圧倒的優位を生かせなかった。そもそも、草介はあのファミレスで八奈見自身に励まされ、背中を押された形で姫宮華恋(ひめみや かれん)と付き合うことになったのである。

 八奈見は温水に弁当を作ってきて、好きな男やその恋についてワーワーギャーギャーと話し続ける。彼女は元気なようだが、ときには辛さを思い出して涙を流す。彼はここで、本で読んでいただけの“負けヒロイン”の「その後」を垣間見る。

“温水君も一回こっぴどく振られてみると分かるんじゃないかな。”

 彼女が泣いて口にしたこの言葉を聞き、温水は何を思うのか――。

負けを知って輝くヒロインたちとのラブコメが始まる?

 本作には「“負けヒロイン”になる」キャラクターが複数人登場する。ネタバレになるが、これはタイトル通りだ。温水は彼女たちに絡まれ、彼女たちの恋に巻き込まれていく。

 温水と仲の良い綾野光希を気にしていた陸上部の焼塩檸檬(やきしお れもん)。彼女はある日から綾野のことで距離が近くなる。また、温水と同じ文芸部の小鞠知花(こまり ちか)は、部長の玉木慎太郎に副部長の女子・古都との「幼馴染ムーブ」を見せつけられていた。そこには温水もいる。そして八奈見は、幼馴染に想いを寄せて振られたことを言えるのは温水だけなので、相変わらず秘密のランチは続けていた。彼女たちをほっておかない温水は、結果として負けたヒロインとその相手との関係の変化にも巻き込まれていく。

 物語は、彼と “負けヒロイン”たちとのラブコメになるのだろうか。だとすると、いわゆる多人数ヒロインによるハーレムラブコメの構造になるのか。

 温水はラブコメの主人公にもなれるしぐさをするようになる。またフラグも次々に立っていく。ただこの主人公、ラブコメには詳しいが自己肯定感が低く、これらに気づかない。“負けヒロイン”と私たち読者は言う「そーゆーとこだよ温水!」。

“負けヒロイン”という言葉は、個人的にはちょっと強すぎるネガティブなイメージがあった。負けは試合の終わりを意味しており、選ばれなかったところで物語がクライマックスになりがちだからかもしれない。だがよく考えると、彼女たちは“負けたことがある”だけのヒロインだ。失恋の経験があっても彼女たちの青春は続くし、本作はコメディタッチな雰囲気と作画の可愛さ(皆表情が非常に可愛い!)で「負けた後」を非常に楽しく読める。

 さまざまな作品で自分が応援していた“負けヒロイン”たちも、八奈見や焼塩のように前を向いて青春を謳歌しているだろうか……と、ふと考えてしまった。温水のようにラブコメ好きなあなたは、本作を読んで何を感じるだろうか。

文=古林恭