若き新鋭作家・坪田侑也の5年ぶりの新作刊行! 高校バレーボール部を舞台に瑞々しい青春の輝きを描いた小説
PR 公開日:2024/2/10
中学3年時の夏休みの課題として執筆した小説『探偵はぼっちじゃない』(KADOKAWA)が史上最年少でボイルドエッグズ新人賞を受賞し、作家デビューを果たした坪田侑也氏。そのリアルな心情表現や人物造形、完成度の高さから次作を期待されていた著者の5年ぶりとなる新作が、『八秒で跳べ』(文藝春秋)だ。
物語の主人公となるのは、明鹿高校バレーボール部に所属する2年生の宮下景。夏からレギュラーに入った景は、全国大会「春高」の県予選を勝ち抜くためにチームメンバーたちと練習に励む日々を送っていた。「いまのチームなら全国も目指せる」と引退せずに部活に残った3年の柿間、小柄ながらチームを引っ張るエースの遊晴、負けず嫌いで真剣にバレーに打ち込む梅太郎らレギュラーたちは、夏のインターハイ予選で敗れた強豪校・稲村東との再戦に向けて意気込んでいる。そんな中、景は中学校からの同級生でもある補欠部員の北村から「景って、冷めてるよね」「負けると思ってる。そうでしょ」と言われてしまう。
景はバレーが好きかどうかなんて考えたこともない。暇なときはスマホで動画を見たりゲームをやったりするくらいで趣味という趣味もなく、部活でバレーをすることが中学時代からの当たり前の日常だった。景のように、自分のやっていることの意味なんて深く真剣に考えることのない10代の日々を送ってきたという人は共感する部分が多いのではないだろうか。この物語はそんな少年が「自分だけの大切なもの」に気づくまでの道のりを丁寧に追っていく。その過程のちょっとした会話や心情の描写が実にリアルで瑞々しい。
景の日常を変えていくきっかけになったのは、足首を怪我した自分の代わりに部活を辞めようとしていた北村が試合に出るようになったこと、そして同じ高校に通う真島綾と出会ったことだった。バレー部に居場所がなくなったように感じていた景にとって、真島との関わりは新鮮な風をもたらした。真島がマンガを描いていることを知った景は、彼女の創作にかける姿勢を見ることで、自分自身を見つめ直していくことになる。景には遊晴のように誰の目にもわかる才能はないし、梅太郎のようなバレーにかける情熱もない。それでも怪我で部活に参加できなければ焦りが出てくるし、北村がチームに溶け込んでいく様子を見ていると心がざわつく。自分はなぜバレーをやってきたのだろう――?
本作はバレーボールがメインの題材になっているが、何よりの読みどころは宮下景という10代の若者の心情の揺れ動きだ。繊細だけど不器用で、時に自意識過剰。好きなものを好きといえず、全力になることになぜか躊躇いを感じる。そんな景が真島との交流を通して初めて自分自身と向き合い、それまで自分でも気づいていなかった大切なものを知る。そんな葛藤や成長の軌跡が瑞々しく細かく描かれていく。ささやかかもしれないが、かけがえのない景の青春の輝きが、きっと多くの読者の胸に響くはずだ。
文=橋富政彦