スティーブン・キング『キャリー』の原作ってどんなの?全世界3億5000万部超え「ホラーの帝王」の処女長編、実は一度ゴミ箱に捨てられた!?
更新日:2024/3/18
頭の固い親によるスパルタ的指導を常に受けながら、自分の意思をうまく表現したり自由に行動したりできずに抑圧された幼少期を過ごした人も多いかもしれない。特に、「〇〇するな」という禁止令を多く受けすぎると、その後の人生にネガティブな影響を受けるという話もあるようだ。
本記事で紹介する『キャリー』(スティーブン・キング:著、永井淳:訳/新潮社)の主人公・キャリーという少女もまた、厳格なキリスト教徒だった母親の厳しすぎる禁止令の数々に行動を制限された哀れな被害者だった…。
本作は、狂信的な母親のもとで育てられ、また学校で日常的に虐めを受けていた少女キャリーが、初潮を機にテレキネシスの能力に目覚め、少しずつ狂気的に変容していきやがて街を破壊する青春オカルトホラーであり、1976年に映画化もされている。今では全作品で累計3億5000万部以上を誇り、「ホラーの帝王」とも呼ばれるスティーブン・キングであるが、実は『キャリー』は彼の初の長編小説だ。本作は、書いた後にゴミ箱に一回捨てたという話も残っている。そんな彼の処女長編小説をご紹介する。
『キャリー』はよくある「超能力エンタメ」ではない
最初に断っておくと、この物語はよくある「超能力エンタメ」として、テレキネシスに目覚めたキャリーの能力のすごさを楽しむだけのものではない。もちろんそういう視覚的な楽しみ方もできるのだが、この物語はそれだけにはとどまらない。
16歳の少女キャリーはテレキネシスで物を浮かせたり、石の雨を降らせたり、その能力で誰かを傷つけたり……と能力を少しずつ解放していく。しかし重要なのは、本作が恐怖小説に青春小説をうまく掛け合わせることに成功していることだ。母親からの抑圧はもちろんのことだが、アメリカの学生ならではのあけっぴろげで大仰な虐めや、思春期の男女関係のもつれ、いかにしてキャリーを追い詰めていったのか、顛末を丁寧に描いていき、複雑な心理的変化を読む人に推察させていく。
初潮を迎えた娘に対する母親の仕打ちがエグい
少女キャリーの大きな転換点は彼女が初潮を迎えた日だ。戸惑う彼女に向かってクラスの女生徒がこぞってナプキンを投げつけ、家に帰れば、狂信的な母が「血の呪いを解くために祈りなさい」とキャリーのお尻を蹴り、最終的には6時間クローゼットに閉じ込めてしまう。読者は誰しもキャリーに同情せざるを得ないだろう。
この世界の中でも、キャリーに同情的な人物がいる。キャリー虐めに少しでも加担してしまったことを恥じ、償いをしようとしたのだ。しかし、彼女の償いとしての行為が逆にとんでもない事故に繋がることになってしまう……。
16歳の少年少女の細かい心の揺れをすくいあげる心理的な描写と、引き返せない過ちによって連鎖していく不幸に読む手が止まらなくなる。また加えて、本書を楽しむポイントとして、時折笑わせてくれる味のある比喩表現があり、またひと捻り利かせた実験的な構成がある。キャリーが起こした事件を記録した架空の本や、事件の調査委員会で行われた答弁、新聞のニュース記事からの引用を頻繁に差し込むことで、キャリーの起こした大事件を多角的に紹介している。かなり手が込んだ作品なのだ。
特に、「学校の机に刻まれた落書き」からの引用が印象的だ。
”バラは赤、スミレは紫、砂糖は甘い、でもキャリー・ホワイトはうんこを食べる。”
アメリカのティーンエイジャーによる惨たらしい虐め(遅めの初潮を迎えた女子に対してナプキンを大勢で投げつける)と、対比するように陰湿な虐めがうまく表現されている。キャリーが超能力によってある種の復讐へと向かうのは、キャリーに同情的であればあるほど読者はスカッとした感情を抱くかもしれない。
「〇〇するな」という禁止令による抑圧が、その後の人生にネガティブな影響が出てしまうと冒頭で述べた。本書を読む際は、是非「キャリーに同情しないで」読んでいただきたい。なぜなら、彼女への中途半端な同情が、最終的な悲劇を引き起こすひとつの原因になってしまったからだ。
ホラーの帝王が、書いた後に自信が持てず一度ゴミ箱に捨てた最初の長編作品『キャリー』、ホラー好きなら読んでおきたい1冊だ。
文=奥井雄義