石田衣良の親子の確執を描いた短編に涙腺崩壊。【1日10分】で読めて癒される名作をぎゅっと詰め込んだ短編集

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/2/14

1日10分のときめき NHK国際放送が選んだ日本の名作
1日10分のときめき NHK国際放送が選んだ日本の名作』(石田衣良:著、恩田陸:著、川上未映子:著、津村記久子:著、松田青子:著、宮部みゆき:著、森絵都:著、森浩美:著/双葉社)

 疲れた心を本の世界で癒したいけれど、まとまった時間を確保するのはなかなか難しい…。そんなモヤモヤを抱える本好きさんに、おすすめしたいのが『1日10分のときめき NHK国際放送が選んだ日本の名作』(石田衣良:著、恩田陸:著、川上未映子:著、津村記久子:著、松田青子:著、宮部みゆき:著、森絵都:著、森浩美:著/双葉社)だ。

 本作にはNHK WORLD-JAPANのラジオ番組で、世界各国の言語に翻訳して朗読された作品の中から選りすぐりの短編8作を収録。そのラインナップは、実に豪華。人気映画の原作や世界的な文学賞を受賞した作品など、本好きの心をくすぐるものばかり。全ての作品が主役級であるという、贅沢な一冊となっているのだ。

 名だたる収録作でも、筆者が特に涙腺を刺激されたのは、石田衣良氏による『出発』だ。ある春の日、実家を出ていったひとり息子の遼治がフラフラの状態で帰ってきたことから、父・川西晃一の胸中は穏やかでなくなる。

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 息子の所持金は、わずか26円。仕事が急になくなり、なんとか実家まで帰ってきたのだという。

 晃一は昔、負け犬になってほしくないとの思いから息子に過度な勉強を強いた。その結果、遼治は父からのプレッシャーに耐えきれなくなり、反発。大学には行かないと言い張り、高校卒業後には工場の寮へ入り、派遣社員となった。

 自分は何を間違ったのか。なぜ、息子は素直に親の言うことを聞かず、危険で損をする道ばかり選んでいくのだろう。自分だけは安全な場所にいると信じる晃一は、久しぶりに会った息子を見て、疑問を募らせた。

 そんなある日、予期せぬ事態が。なんと、勤務先が早期退職者を募り始め、晃一はリストラ予備軍になってしまったのだ。自分や家族の未来が見えなくなったことで、晃一は困惑。同時に、正社員でキャリアのある自分も、遼治と同じく、いつ切り捨てられてもおかしくない手足の末端であったことに気づく。

 その気づきを得たことで、息子に対する気持ちに変化が。晃一は、ねじれてしまった親子の糸をようやく解いていく。

“どんな波もいつかは必ずすぎ去っていく。普通の人間は波の面に顔をだし、ただ息をしてしのげばいいのだ。きっとこの波も越えられる。”(引用/P45)

 こんな力強い晃一の想いも綴られているこの物語は、現在苦しい状況に置かれている人に力を与える。また、晃一が辿り着いた我が子の愛し方に触れると、自身の子育てを振り返りたくもなることだろう。

 こうした感動作はもちろん、クスっと笑える作品や少しゾクっとさせられる物語も本作には収録されているので、自分の好みやその日の気持ちに合う一作に出会いやすい。

 ちなみに、心がほんわかする作品が好きな方におすすめしたいのは、森絵都氏の『太陽』だ。この物語は、設定がユニーク。主人公の加原は、歯の痛みを感じて歯医者へ。すると、歯科医の風間から告げられたのは、「心の痛みが歯に出た」という驚くべき診断結果。

 自分の心を見つめるように言われた加原は半信半疑なまま、痛みの理由を探すことに。風間に相談しながら、失恋や仕事、友人関係など、様々な場面でついた心の傷を丁寧に思い返す。

 周囲から見れば小さく思えるようなことでも、自分が感じた痛みには正直であっていい。この作品はクスっと笑えるだけでなく、そんな気づきももたらしてくれる。ぜひ、自身の胸に手を当てながら、加原を苦しめている“真犯人”の正体にドキドキしてほしい。

 なお、本作はシリーズ第4弾となっているため、第1~3弾も要チェック。シリーズ全て揃えると、全28名の人気作家が生み出した42作の短篇を楽しむことができる。

 寝る前や隙間時間などに、人気作家の短篇小説を気軽に楽しむことができる本作は頑張った日のご褒美にもなるはず。リラックスタイムのお供にしてみてはいかがだろうか。

文=古川諭香