東京駅の地下街で迷ったサラリーマンの悲劇。社会からのドロップアウトなど漫画に描かれる4つの「孤独」を研究したアンソロジー
更新日:2024/2/21
孤独とは身寄りがなくひとりぼっちで、心が通じ合う人のいない寂しい状態を指す言葉である。孤独は往々にして自らの意志とは関係なく陥ってしまうものであり、それはとても辛いことだ。しかし人との接触を避け、自ら進んで孤独な状態を選ぶことも人生において必要な時がある。
『孤独まんが』(山田英生:編/筑摩書房)は昭和の時代から令和までに発表された様々な孤独を描いた漫画のアンソロジーだ。本書のテーマについて、編者の山田英生は巻末の「編者解説」にこう書いている。
コスパなる言葉が広く浸透し、生産的で効率的な生き方が称揚されがちな世にあって、「孤独」を受け入れることで、支配的な価値観に必ずしも拘らない自由さや、その哀しみも描いた新旧の作品を集めた。
本書は「落伍」「無用」「風狂」「隠遁」という4つの孤独の形から選ばれた16の作品と、2作品が収められた「エピローグ」の5部構成となっている。一番古い漫画は1967年、一番新しいものは2022年に発表と幅広い年代から集められているが、絵柄や表現などに古さや違和感は抱かない。逆に新鮮なつながりにハッとする流れになっている。
最初のパート「落伍」は、社会からのドロップアウトを描く作品だ。1976年に諸星大二郎によって描かれた「地下鉄を降りて」は、東京駅の地下街で迷ったサラリーマンが味わう都会の孤独から始まった出来事が思いもよらない結末となることに驚かされる。他には、いましろたかし「おへんろさん」、近藤ようこ「白粉小町」、ハン角斉「黒い蝶」が収められている(ハン角斉は2020年に67歳でデビュー、『67歳の新人 ハン角斉短編集』を出版した話題の漫画家だ)。
次の「無用」は、存在していないことにされた人々の物語である。1960~70年代、漫画家を目指す若者たちに大きな影響を与えた永島慎二の「仮面」は、本心を隠して生きる若い人の焦りや哀しみをスタイリッシュな作画で味わえる。他には、太田基之「石を買いに来た女」、滝田ゆう「お通夜の客」、ジョージ秋山「きびしい試練」(『パットマンX』より)、篝ジュン「日常生活」が収められている(「編者解説」によると、篝ジュンの連絡先がわからないという。もしご存じの方がいらしたら、ちくま文庫編集部までぜひご一報を)。
3つ目の「風狂」は、社会から逸脱した人たちが主人公だ。『沈黙の艦隊』で知られるかわぐちかいじが描く「あぶれもん」は、一発逆転を狙うヤクザ者が誘拐を思いつく劇画作品だ。描き込まれた濃密な絵から、じりじりとした焦りと諦念が滲み出てくる。他には、うらたじゅん「思い出のおっちゃん」、つげ忠男「夜の蝉」、安部慎一「久しぶり」が収められている。
最後の「隠遁」は、世間の目から隠れるようにひっそりと生きている者たちが主人公だ。水木しげるによる「紙魚」は、本の間などにいる虫である紙魚を取るような業務を行う研究資料室へ飛ばされた人が、室長からの申し出を受け入れたことで出世コースに返り咲くが、虚しさを感じ……というブラックユーモア作品だ。他には、斎藤潤一郎「沼南」(『武蔵野』より)、つげ義春「山椒魚」が収められている。
エピローグには穂積「それから」と、カシワイ「ひとつの火」(原作は新美南吉)が収められ、孤独ではあるけれども、どこかにいる他者とのつながりを感じさせ、そっとアンソロジーは閉じられる。SNSなどの発達で人とのつながり方やコミュニケーションの方法が変わった現代、「ぼっち」「おひとりさま」「ソロ活」といった軽い言葉ではたどり着けない“孤独”とは何かを考えながら、ゆっくりページを繰ってもらいたい。
文=成田全(ナリタタモツ)