今年3月に西島秀俊でドラマ化も決定した、時計メーカー「セイコー」創業者の一代記。震災と火災で2度全てを失いながらも、追い続けた夢とは?

文芸・カルチャー

PR 更新日:2024/5/31

黄金の刻 小説 服部金太郎
黄金の刻 小説 服部金太郎』(楡周平/集英社文庫)

 全てを失い、絶望の淵に沈んだ時、止まりかけた時計の針を動かしてくれるものは何だろうか。苦難を幾度となく乗り越え、禍を福へと転じ続けた男——『黄金の刻 小説 服部金太郎』(楡周平/集英社文庫)は、世界的時計メーカー「セイコー」創業者・服部金太郎の一代記。経済小説の名手・楡周平さんが鮮やかな筆致で描き出すこの物語は、起業家のみならず、ビジネスマンも必読。思うようにいかないことばかりの時代だからこそ、多くの人に読んでほしい傑作だ。

 時は明治7年。15歳の服部金太郎は、東京の洋品問屋「辻屋」で丁稚として働いていた。主人の粂吉は、金太郎の商人としての才覚をいちはやく見抜き、妹の浪子と結婚させ、金太郎を辻屋の一員として迎えたいとさえ思っていた。だが、金太郎は、いずれは時計商になりたいという思いを胸に秘めていた。どうして時計商なのか。それは、鉄道網が発達し始めた時分、これからは「正確な時間」を知ることが必要となり、今は高価で誰もが持てるわけではない「時計」の重要性が高まると考えたためだ。なんたる先見の明だろう。「宝石は人間には造れないけれど、時計は人間が造れる宝石なんだ」。自らの思いを熱く語る金太郎の姿に、粂吉は心動かされて……。

 金太郎は、やがて時計修理職人になり、次に中古時計の販売を始め、さらには時計の製造工場「精工舎」を設立し、国産初の腕時計を製造販売する。一歩ずつ着実に夢を叶えていく金太郎だが、関東大震災や火災で2度も店を失う危機に直面し、家庭内においても困難が続く。だが、金太郎は決してめげなかった。どんなピンチもチャンスに変える。そんな姿勢には、勇気づけられずにいられない。

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 どうして金太郎は、どんな困難があろうと夢に向かって突き進むことができたのか。それは彼を支えるたくさんの人々の存在があったためだろう。熱意あふれる天才時計技師・吉川鶴彦、外国商館の取引のいろはを教えた吉邨英恭、東京商業会議所の渋沢栄一……。縁が縁を呼び、金太郎は事業に邁進していく。その縁は、金太郎の人柄が招き寄せたものに違いない。この物語を読んでいると、彼の実直さ、誠実さに圧倒されてしまう。金太郎はいつだって、人を大切にする。他人への感謝を忘れず、真摯に向き合う。そんな金太郎の真っ直ぐさが、信頼を生み出し、事業の成功にもつながったのだ。

 服部金太郎という男には、起業家にとって必要な精神が詰まっているように思えてならない。金太郎のような、先見の明、商才を持つ人はなかなかいるまい。だが、何があろうと、誠実に、実直に生きること、人を大切にすること、自分を信じ抜くこと。そんな姿勢はすぐにでも真似できそうだ。起業家であろうとなかろうと、ビジネスにおいても私生活においても、そんな真っ直ぐさはきっと自分自身を救ってくれる。この本を読めば読むほど、そんな確信が心に宿る。

 この本は、2024年3月、西島秀俊を主演に、テレビ朝日系24局でドラマ化されるらしい。ドラマの放送に合わせて、この小説も是非とも読んでみてほしい。心地よい風が全身を駆け抜け、自分の中で、何かが確かに動き出す。楡周平さんの描く、服部金太郎の姿は、これからますます、今の日本に、元気を与えてくれるだろう。

文=アサトーミナミ

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