「不感症気味になっている心に響く――」森山直太朗×内田也哉子特別対談。アニメ『オチビサン』書き下ろし主題歌制作の裏側

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更新日:2024/3/4

 主人公・オチビサンと、その仲間たちの日常を柔らかな雰囲気で描いた安野モヨコさん原作のアニメ『オチビサン』(NHK総合)。なんでもない日々のなかにある、季節のうつろいや繊細な感情の機微を丁寧にすくいあげるような、優しさにあふれた作品に仕上がっている。

 この記事では、アニメ書き下ろしの主題歌『ロマンティーク』を手掛けた森山直太朗さんと内田也哉子さんにインタビュー。共作に至った経緯や裏側、創作における価値観について語ってもらった。

森山直太朗さん、内田也哉子さん

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「むき出しの言葉が作品の世界観にぴったりはまる」。内田也哉子に作詞を依頼した理由

――アニメ『オチビサン』のために書き下ろされた楽曲『ロマンティーク』では、森山さんのほうから内田さんに歌詞を書いて欲しいと依頼されたそうですね。

森山直太朗(以下、森山):原作者である安野モヨコさんが描く、ノスタルジックでファンタジックな世界観を僕の色だけで表現すると、やや重たくなっちゃうんじゃないかなと思ったんです。也哉子さんとは、2022年と23年に行われた『母に感謝のコンサート』の東京公演でご一緒したことがあって、その時朗読されていたオリジナルの文章にものすごく心を打たれたんです。言葉が重たく響くのにヘビーではなく、じんわりあたたかく染み入るように伝わってくる。

内田:タイトルもない、散文でしたね。

森山:そう、散文。それまでも也哉子さんの文章に触れる機会はあったけど、エッセイとはまた違う、ポエムというのでもない、カテゴリーを越えた言葉の強度を感じました。その衝撃が残っていたから、也哉子さんのむき出しの言葉……言ってみれば愛みたいなものが、モヨコさんの描く『オチビサン』の世界観にぴったりはまるんじゃないかと思い至ったんです。それでお願いすることにしました。歌詞という枠にとらわれず、言葉の断片でもいいから書いてみてくれませんか、って。

内田:最初は正直、うろたえました。でも、ご依頼していただいたことには何か意味がある、と思ってお引き受けすることにしたんです。それでまず原作を読んでみたら、止まらなくって。私が日常で見落としている小さな瞬間の数々を、大きな慈しみをもってモヨコさんがすくい上げてくださっていることに、心が救われる思いがしました。誰が読んでも感じ取るものはあると思うけど、疲れた心を抱えている大人にこそ響くんじゃないでしょうか。とあるエピソードで、その夏最後の線香花火をしながら、オチビサンが「どうして花火は夏だけなのか」と問うんです。いろいろ理由はあるんだけど、線香花火がぽとんって落ちたあとの静寂、さびしさは、秋に味わったらなんだか泣きたくなっちゃうから、って語りあうエピソード。

――アニメの12話のエピソードですね。

内田:ああ確かになあ、って線香花火が落ちる瞬間を思い描いたり……。一生懸命走っているオチビサンたちがふと「なんで走ってたんだっけ?」って我に返る、みたいな本当に些細なエピソードさえ、人生に置き換えてしみじみしてしまいます。自分は今、なぜこれをやっているのだろう。この瞬間の大切さをちゃんと味わって生きられているだろうか。そんなことを思いながら、それを描くモヨコさんのみずみずしい心にも、アニメとしてより多くの人にこの作品を届けようと決めた大人たちの心意気にも、はっとさせられたりもして。

森山:モヨコさん自身も、やっぱりとても疲れていた時期に、自分を癒やすために描いた作品だそうですね。作品づくりって、アーティスティックな作業のようで、いろんなニーズにこたえたりマスに向かって投げかけたりしなくてはならないから、本来の自分ってなんだったっけ?と見失いそうになってしまうこともあります。こういう仕事でなくとも、今はさまざまなメディアを通じて人と繋がることが容易なのに、どこか人間関係が希薄で、孤独を感じやすい。大きな地震が起きたり、海の向こうでは諍いが絶えなかったり、未来に対しても暗澹(あんたん)とした気持ちにならざるを得ないなか、それでも自分にできることをどうにかやりくりして、みんな生きている。

 心が削られて、尊厳や感性を失ってまで、社会に順応する意味ってあるんだろうか?と思うなかで、オチビサンは「失ってはいけない」ということを伝えてくれている気がします。ちっちゃな想像力を駆使して共生している、この尊い世界をなげうってまで得られるものに意味はない。そういう境地にご本人もたどりついた経験がおありだからこそ、『オチビサン』という作品は生まれたんじゃないのかな。