SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第32回「怖い話」

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公開日:2024/2/27

「もしかして。マッチのこと言ってるの?」

 真面目な表情の彼女から出た、なかなかに真剣な声は、私にはこう聞こえた。「マッチ、っていうんですか」

 お、なんだ。

 私の頭が猛スピードで回る。聞き違い、ううん違う。冗談? いや違うな、多分キャラだ。なんかそういう俗っぽいの知らないんですキャラだ。ん、待て、別にマッチ俗っぽくないな。あと演技だとしたら渾身すぎるな、子役出身か。え、何が起きてる、ん、なんだこれ。

 動きが止まった私の様子を気にした先輩が私に向かって言った。

「どうした?」

 私は素早くサッと手を翳(かざ)して、それ以上の言葉を制した。

「あとで話します」

 かなり特異なシチュエーションだ、彼女が人工物でも、天然物でも、いずれにしてもやばい。しっかり吟味して完成形の状態で先輩にお届けするのが後輩の役目だ。何を差し置いても今はこの流れを止めたらいけない。私は身体ごと彼女に向けた。

「マッチ、知らないの」

「初めてみました」

「それは、えエと、あれかな。マジなやつかな」

「え、どういうことですか」

 マジなのかも。マジなのかもしれない。天然物の方か。

 そうなのだ、彼女が自発的にマッチについての疑問を投げかけてきたわけではなく、そもそもあれは私が彼女から引き出した疑問だ。彼女のミスリードに私が乗ってしまった可能性も拭いきれないが、そこまで段取りを組んで駆け引きをする必要があるとはまるで思えない。だとしたら、結構やばいことが起きている気がする。背中に冷たいものが走った。私はしっかりと息を整えてから、口を開いた。

「マッチ知らないんだ?」

「はい」

「えエと、火の用心マッチ一本火事のもと、ってやつ知らない?」

「知ってます」

「ん?」

「え?」

「そのマッチだよ」

「マッチ一本って、さっきのあれなんですか」

 ちょっと、マジが過ぎて怖くなってきたので、もう一度呼吸を整えた。彼女はそんなことお構いなしで私に言った。「見たい」

「ん、マッチを? わかった」私は先輩の方に身を乗り出した。「すみません、マッチ貸してもらえないっすか」

 ん、と差し出されたマッチを受け取り、私は再び彼女に向き直った。手元に収まったマッチを彼女に見せ、そして箱をスライドさせ中身を見せた。

「えエ、たくさん」

 数に驚いたことに、私は驚いたが、もはやどうでも良い。一本取り出して、箱の横でマッチを擦って見せると、一拍置いて小さな火が燃え上がった。

「いやぅ!」

 悲鳴じみた声をあげ彼女はのけぞった。やがて落ち着きを取り戻すと、漂うリンの香りに反応する様子を見せた。もうなんだか野生の何かに見えてきた。それと同時に、彼女は母親であり、そして自らが娘さんの家庭教師を買って出ているというエピソードを思い出し、私は生まれてこの方出会ったことのない感情を発見してしまい、小さなパニックを引き起こしていた。すると彼女が言った。

「わたしもやってみたいです。どうやるんですか」

 私は手元の火を消してから、箱を彼女に手渡した。一連の手順を丁寧に教えると、彼女は私に倣って一本取り出し、箱の横にマッチを擦り付けた。しかし不慣れなためか火がつくことはなかった。うまくいかなかったことに彼女は首を傾げ、気を取り直して再び集中する姿勢を見せた。二度目も失敗、そして三度目も。すると彼女は勢いよく顔をあげ私に向かって、叫んだ。

しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。さらに2024年6月2日の東京・日比谷野外音楽堂を皮切りに、大阪、山梨、香川、北海道、長崎を巡る初の野外ツアー「都会のラクダ 野外TOUR 2024 〜ビルシロコ・モリヤマ〜」(追加公演<ウミ>、<モリ>)開催。現在「都会のラクダ TOUR 2024 〜 セイハッ!ツーツーウラウラ 〜」を開催中。

自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中