SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第32回「怖い話」

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公開日:2024/2/27

「怖いんです!」

 お前がな。

 でも一生懸命やっている人間はできる限り応援したいので、しっかりとアドバイスした。

「もっと勢いよくやらないと火はつかないと思う。今よりも力を込めてやってごらん」

 彼女は力強く頷いた。そして集中する様子を見せ、渾身の力を込めてマッチを擦った。すると渾身の力を込めすぎたせいかマッチは折れ、その勢いで箱に収まっていた残りのマッチが全てぶちまけられた。絨毯の敷かれた床に散らばったマッチを見て、あア、と思ったのも束の間、彼女は音を立てて慌てて立ち上がった。そして悲鳴を上げた。

 

「火事だ!」

 

 嘘だろ、と思ったが、彼女は瞬きをするのも忘れて再び叫んだ。

 

「火事だ! 火事だ!」

 

 店内騒然。飲み物はこぼれるわ、先輩の横の女の子もつられてパニックを起こすわ、奥から黒服のお兄さんたちが飛び出してくるわ、大騒ぎ。何一つ起きてないのに大事件勃発。

 まア本当に何も起きていないので事態はすぐに収束し、お騒がせしましたと謝り、お騒がせしましたと謝られた。他にお客さんがいなくてよかった、と胸を撫で下ろしたところで退店の時間を迎え、お会計を済ませて店を後にした。

 先輩と二人で歩く道すがら、いやア天然物だったんだなア、本物はすごいなアと回想に耽っていると、事態を完全に掴みきれていない先輩が私に言った。

「え、何、つまりどういうこと?」

 お。

「なになに、何でああなったの?」

 これは。

 私はピタッと足を止めた。先輩が振り返る。何も言わずにじっと立ちすくむ私を訝しげな表情で見つめる先輩は、おそるおそるといった様子で訊いた。

「どうした」

 私は小さく息を吸い込み、ゆっくり口を開く。低く極限まで抑えた声で話し始めた。

「これはね、僕が先輩とキャバクラに行った時の話なんですけど」

SUPER BEAVER渋谷龍太

<第33回に続く>

しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。さらに2024年6月2日の東京・日比谷野外音楽堂を皮切りに、大阪、山梨、香川、北海道、長崎を巡る初の野外ツアー「都会のラクダ 野外TOUR 2024 〜ビルシロコ・モリヤマ〜」(追加公演<ウミ>、<モリ>)開催。現在「都会のラクダ TOUR 2024 〜 セイハッ!ツーツーウラウラ 〜」を開催中。

自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中