2024年アニメ化決定『歴史に残る悪女になるぞ』。乙女ゲームの悪役に転生した主人公に、なぜか共感できる理由
公開日:2024/3/16
善人ほど話が通じない。それなりに長く生きていると、「分かり合えない心が清らかな人」と時たま遭遇する。他人の善意を信じて疑わず、現実よりも理想で世界を語る彼らは、物事を疑ってひねくれた見方をする私よりも、よっぽど「いい人」だと思う。だが、現実の汚さを見ようとせず理想論だけで物事を解決しようとする姿勢は、果たして本当に「いい人」なのか。悪辣な手を使ってでも現状を解決しようとする悪人のほうが、世の中にとってはよほど善なのではないか。
『歴史に残る悪女になるぞ 悪役令嬢になるほど王子の溺愛は加速するようです!』(保志 あかり/KADOKAWA)を読んでいると、「いい子ちゃん」なヒロインに立ち向かおうとする「悪女」を、心の底から応援したくなる。
乙女ゲームの悪役・アリシアは、漆黒の髪に黄金の瞳を持つ大貴族の令嬢。物語は、アリシアに転生した主人公が前世を思い出したところから始まる。ヒロインをいじめる悪者でありながら、芯が強く容赦ない毒舌を吐くアリシアに主人公は生前から憧れていた。綺麗事しか言わない「いい子ちゃん」なヒロインに、どうしても共感できなかったからだ。
ヒロインのキャザー・リズは、貴族だけの魔法学校に特例で入った唯一の平民。全属性の魔法が使えるという才能に恵まれ、努力家で純粋、誰にでも優しい少女だ。その能力から、「いずれ聖女になる」と期待をかけられている特別な女の子。しかし彼女に感情移入できない主人公は、ゲームをプレイするたびに歯がゆい思いをしていた。なぜアリシアはゲーム内でリズの理想論に言い負かされてしまうのか。なぜもっと議論しないのか。そして念願の悪役令嬢に転生した主人公は、リズと張り合える「世界一の悪女になって歴史に残ってやる」と決意する。
一ジャンルとして確立した“悪役令嬢転生モノ”の作品には、典型的なパターンがある。悪役令嬢に転生した主人公が破滅ルートの回避を目指すか、「じつはヒロインのほうが悪人だった……」という展開がありがちだ。そのどちらでもなく、真っ向から“善人のヒロイン”をぶった切ろうとするところが本作の魅力であり、多くの読者の支持を得ている理由だろう。
歴史に残る世界一の悪女を目指し、アリシアは努力を怠らない。7歳で前世の記憶を取り戻したその日から、剣術に座学、魔法と、毎日コツコツと鍛錬を続ける彼女。そのひたむきな姿には、読んでいて元気をもらえる。「悪女たるもの頭でっかちではダメだ」と、ついには国でいちばん貧しいロアナ村へこっそり通うようになったアリシア。ところがある日、ひとりの少年が集団で暴力を振るわれているのを目撃する。怖くて動けず、ただ見ているだけで何もできなかった己の不甲斐なさに落ち込んでしまう。きっとヒロインなら救った――悪女を目指す彼女にとってヒロインのリズはライバルであり、ある種の指針でもあるのだ。
本作でリズは、どこまでも善良な人物として描かれる。明るく誰にでも優しく、間違いを犯した人物であっても許し、崇高な理想を語る彼女は、間違いなく乙女ゲームのヒロインに相応しい。だが、現実の厳しさを知っている私たち読者にとっては、彼女の博愛精神や考え方はひどく居心地が悪く感じてしまう。強すぎる光は影を作るのだから。本作を読み進めていくうちに、自然とアリシアと同じ気持ちになっているはずだ。なんて話の通じない「いい子ちゃん」なのだろうと。リズがどこまでも清らかに描かれるほど、アリシアの現実を見据える芯の通った強さが輝いて見える。
王子であるデュークとアリシアの恋模様も、見逃せないポイントのひとつだ。恋愛はヒロインに譲ると決めていたアリシア。しかし、ゲームのストーリーと違って親愛の眼差しを向けてくるデュークに戸惑いを隠せない。完璧な悪女を目指す彼女の、唯一の弱点。彼の好意に鈍感であるがゆえに、すれ違いも起きてしまうのだが、読んでいるこちらが「ああもう!」とやきもきしてしまう。
2024年にはTVアニメ化も決まった本作。大木戸いずみ氏によるビーズログ文庫の原作小説は現在6巻まで、本稿で紹介したコミカライズ版は4巻まで刊行されている。聖女のリズ相手に、悪女のアリシアはどう立ち向かうのか。二人が対峙するシーンをアニメで見られる日が待ち遠しい。
文=倉本菜生