両親指を切断された泥棒、全身大火傷の男の救いようのない悲劇。第二次世界大戦末期の4つの破壊された人生の物語
公開日:2024/3/5
学生時代、歴史の授業でそれとなく学んできた戦争のこと。「大義」という言葉に隠れた「理不尽」や「横暴」の数々を知り、子どもながら「まったく気持ちが良い話ではない、こんな話早く終わればいいのに」と思っていた。近年も、ウクライナにおける戦争が激化し、戦地で暮らす人々に癒えることのない傷を与えている。しかし、日本にいる僕らは、彼らの傷や哀しみを直接聞き、思いを馳せることは難しい。だからこそ身近な書籍を手に取り「戦争」について考えてみることが必要ではないだろうか。『イギリス人の患者』(マイケル・オンダーチェ:著、土屋政雄:訳/東京創元社)はそのきっかけになる1冊だ。
時は第二次世界大戦の末期、舞台はイタリア・フィレンツェの北、トスカーナの山腹に立つサン・ジローラモ屋敷だ。かつて野戦病院だったというその建物は、壁や屋根のところどころに爆弾の衝撃による傷跡が残っており、その佇まいは廃墟と言っても過言ではない。そんな屋敷で共同生活を送るのは4名の男女。全身にひどい火傷を負い、顔の見分けすらつかないイギリス人男性、戦場で何百人もの死を看取ってきたハナという名の女性看護師、敵側にスパイ行為がバレて両親指を切り落とされ、後遺症に苦しむ泥棒のカラバッジョ、不発弾や地雷の処理に、死と隣り合わせの毎日を送っていたシーク教徒工作兵・キップの4人だ。悲惨な戦争を経験した彼らではあるが、屋敷にたどり着くまでの過程はさまざま。本作はそんな4人の物語を描いていく。
作中では詩的な文章がちりばめられており、かつ現代と過去を織り交ぜながら話が進んでいくため、一読して世界観を理解するのは難しいかもしれない。ただ軸となるのは「戦争の真っただ中にいる人間」と「彼らが他者に抱く愛」についてだ。それらを東洋と西洋、高齢者と若き者、愛する側と愛される側、傷を与えてきた者と傷を癒す者といった対立的な視点から綴っていく。4人が語る戦争には他者への愛が顔をのぞかせるため、悲惨な戦争であるにもかかわらずなぜか美しさを感じてしまう。戦争そのものが美しいと言いたいわけではない、むしろ戦争など起こらない方が良いに決まっている。ただ戦う者にも巻き込まれる者にも、誰かへの愛が必ず存在しており、その愛を貫こうとする姿勢にグッときてしまうシーンがあるのだ。
ここで内容を深く掘り下げないのは、きっと本書は着目する点や読み進めるタイミングによって戦争に対する解釈が変わってくる作品だからだ。4人の物語を最後まで読み、あなたは戦争と他者への愛についてどう思うのか。不幸にも「第三次世界大戦」なんて言葉が噂されるいまだからこそ、じっくり読んでいただきたい。
文=トヤカン