グルメ×考古学漫画の著者 縄文時代の料理をたのしむ。男子寮が舞台の漫画『青嵐寮の献立 お料理男子、ときどき考古学』有間しのぶインタビュー

マンガ

PR 公開日:2024/3/3

初連載コミック『本場ぢょしこうマニュアル』からキャリアをスタートし、第23回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した『その女、ジルバ』、BL作品『灼熱アバンチュール』など約40年にわたって名作を生み出し続けてきた有間しのぶさん。その最新作『青嵐寮の献立 お料理男子、ときどき考古学』(少年画報社)は、グルメ×考古学×青春ストーリー! 男子学生寮で暮らす大迫を主人公に、考古学研究会でのにぎやかな日々が豊かな食とともに描かれる。時には、縄文時代や奈良・飛鳥時代のグルメも登場するのがユニークだ。作品が生まれた背景、縄文愛について、有間さんに語っていただいた。

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縄文時代の土器や土偶にワクワクが止まらない

――『青嵐寮の献立 お料理男子、ときどき考古学』は、男子寮で暮らす大学生たちの青春グルメマンガです。まず、この作品が生まれた経緯を教えてください。

有間しのぶさん(以下、有間):このマンガは、『みんなの食卓』などグルメコミック誌に掲載されることが決まっていました。ですから、テーマは「お料理マンガ」。そこから当時の担当編集さんとの雑談でいろいろ決まっていきました。その方とは、好きな映画やBL作品の傾向が似ていて、趣味が合ったんですよね。「男の子がわちゃわちゃしてるマンガが描きたいです」「じゃあ学生寮とか?」「いいですね!」とスムーズに決まっていきました(笑)。

――主人公の大迫たちは、考古学研究会に所属しています。もともと考古学や遺跡もお好きだったのでしょうか。

有間:以前から好きでした。古代の食についても描いてみたいと思っていたので、「それも絡めていいですか?」「まぁ大丈夫でしょう」と(笑)。本当にスルスルッと決まっていったんです。

――縄文時代や遺跡のどんなところがお好きなのでしょう。

有間:出土品や遺跡を見るとワクワクします。中でも、縄文時代の土器・土偶の造形が好きなんです。突出した魅力がありますよね。

――縄文時代ならではの特徴について、教えていただけますか?

有間:火焔型土器のようなうねうねした形は、縄文時代ならでは。寝かせた粘土をこねてひも状にして積み上げて、外側には指や爪、縄で模様をつけています。今なら縄の素材は藁ですが、当時はいろいろな植物の繊維を細かく編んで、それを土器の表面に押し付けていたようです。他にも、竹の棒や木のへら、貝殻などなんでも使っていたみたいですね。

 このマンガでも火焔型土器を描きましたが、写真を見ながら細かい模様を追って描くうちに、だんだんトランス状態になっていきました(笑)。なにか呪術的なものがあるのかもしれません。

――弥生時代になると、また土器の雰囲気も変わりますよね。

有間:装飾性がなくなり、シンプルになっていきます。古墳時代、石器時代も道具の形を成していないようなシンプルなものを使っていたので、縄文時代の土器だけ突出しているんですよね。

――この作品を担当した編集長も、考古学に詳しいそうですね。

有間:連載開始当時とはまた違う方なのですが、偶然にも大学で考古学を専攻していたそうです。発掘の実習について詳しく教えていただき、とても助かりました。できれば自分でも発掘したかったので、それが心残りです。

――遺跡巡りもされますか? おすすめの遺跡があれば教えてください。

有間:東京からは遠いですが、有名どころでは三内丸山遺跡。近郊なら、東京都内にも千葉にもたくさんあります。近場だと、山梨と長野が好きですね。私は山梨愛が深くて。温泉もあるし、桃は咲くし、ぶどうが採れるのでワインもおいしいし言うことなし。年に3、4回足を運びます。

中面画像 遺跡発掘

縄文クッキー、「蘇」──古代の食をマンガで再現

――作中には、鉄板焼きやローストポークといった寮らしい豪快メニューからホットサンドや豚汁などのアウトドアごはん、スイーツなど幅広いメニューが描かれます。中でも、木の実を潰して焼いた縄文クッキーなど、考古学研究会ならではのメニューが印象的でした。マンガを描くにあたって古代の食についても調べたのでしょうか。

有間:そうですね。ざっとした知識はあるつもりでしたが、描く以上はもっと深く掘り下げなければならないと思いました。調べてみると、とても面白かったです。

 縄文時代の人たちは、ゴマだの動物の骨髄だのを食べていて、完全食みたいなだなと思っていたんです。ただ、以前は「縄文時代の人たちはこれくらいのカロリーを摂っていた」という学説がありましたが、のちにその計測は間違いだったという説も浮上して。今はすべてが闇の中なんですよね。

――主に、肉や木の実を食べていたのでしょうか。

有間:鳥の肉や貝を鍋で煮た寄せ鍋のような汁を食べていて、とてもおいしそうなんです。木の実を使った縄文クッキーもあったし、酵母も発見されていたのでお酒もありました。米はなくてもヒエとか栗の実をついて潰すなど、とにかく食が豊か。土器もそうですが、いろいろと創作しないと気がすまない人たちだったのでしょうね。

――作中に登場する縄文クッキーは、実際に作ってみたのでしょうか。

有間:やってみました。なかなか固まらなくて大変でしたが、はちみつなどの甘みを足したのでおいしかったですよ。オートミールクッキーをもうちょっとボソボソさせた感じでした。

――古代食の中でも、特に描きたかったのはどのメニューでしたか?

有間:「蘇」ですね。中国や朝鮮から奈良・飛鳥時代に日本に伝わった、西暦500年代かもっと前の食べ物です。

――鍋に入れた牛乳をひたすらかきまぜて作る、日本最古の乳製品ですね。一時期ネットでも話題になりました。

有間:それを見て「ちょっと待った!」と思ったんです。作中にも描きましたが、「蘇」と「酥」はどちらも「そ」と読みますが、まったくの別物です。ネットでは字が違うだけで同じものだと言われましたが、文献によると明確に違うものなんですよね。「いや、違うんです。ちょっと言わせてください」という思いで描きました。

――両者の違いについても、詳しく解説していましたね。「蘇」も実際に作ってみましたか?

有間:作りました。牛乳500mlをひたすらかきまぜて、1時間弱かかったのかな。鍋をふたつ用意して、ひとつはずっとかきまわして、もうひとつはあえて放置したんです。放置したほうは、下は水分が蒸発しないまま、上に硬い湯葉のような膜が張って、これはこれで食べるとおいしかったです。

――「蘇」の味はいかがでしたか?

有間:意外とおいしいんですよ。本当に牛乳を固めただけの味で。そう言うと逆に想像できないかもしれませんが、塩も砂糖も何も入ってない乳糖だけのほのかな甘み。牛乳だからコーヒーに合うんですよ。

――手間はかかりそうですが、試してみたくなりました。

有間:作中で描いたメニューの中でも、おすすめしたいひと品です。牛乳嫌いでなければぜひ。ただ、最後の5分で気を抜くと、あっという間に焦げるので気を付けてください。奈良県明日香村に「蘇」を名物として売っているお店があるので、そこから取り寄せることもできますよ。

――現代的なメニューもおいしそうにアレンジされていて、有馬さんもきっとお料理好きなんだろうなと思いました。

有間:いえ、それがあまり好きじゃないんです(笑)。そう言うとがっかりされるんで、あまり言わないようにしてるんですけど。

――得意な料理は?

有間:煮物かな。私は和風の煮物に砂糖、酒、みりん、めんつゆは使わないんです。甘みは別にいらないかなと思って。こだわりと言えばそれくらいですね。

中面画像 蘇

何もできない、伸びしろの塊のような主人公

――登場人物についてもお伺いします。主人公の大迫は、どのようにして生まれたキャラクターでしょうか。

有間:最初にしっかり者の矢田が自分の中にできあがって、その親友としてちゃらんぽらんの安藤が生まれました。もうひとり欲しいなと思い、何もできない伸びしろの塊みたいな大迫が誕生したんです。最初は矢田を主人公にしようと思いましたが、彼はしっかりしすぎているので話が動かないんですよね。

――ちょっと頼りないくらいの大迫のほうが、ストーリーが動きやすかったんですね。食べ物に関しても「モツはちょっと」「塩辛はちょっと」と抵抗を示しますが、食べると「おいしい!」と目を輝かせるあたりがかわいいです。

有間:普通の食べ物でも感動してくれるんですよね。読者にとっては、安心して見下せるキャラクターです。「まーた大迫がバカなことやってる」みたいな。

――彼らが男子寮でワイワイ暮らす様子も、とても楽しそうでした。

有間:私も大学時代、寮で暮らしていたのですが、とても楽しくて。女子寮でしたが、大迫たちが暮らす青嵐寮とあまり変わりなかったですね(笑)。疑似家族のような楽しさというんでしょうか。和気あいあいとしていて、近所の男子寮や女子寮とも行き来があって、とてもいい思い出です。

――恋愛要素もさりげなく入っていますね。大迫があこがれるエイコ部長は、どのような経緯で生まれたのでしょうか。

有間:エイコ部長は、実は夢に出てきたキャラなんです。このマンガを描き始めてすぐ、夢に出てきたので「これは使えるな」と。ジャージ姿で登場しましたが、男まさりでありつつがさつではない美人でした。

――夢をヒントにすることもあるんですね。

有間:よくあります。キャラクターやエピソードが夢に出てきたら、すぐに使います。枕元にメモ帳を置いていて、起きたらすぐにメモして。ただ、字が汚すぎて何を書いたのかわからないこともありますが(笑)。

――夢に出てくるキャラクターは実写ですか? それとも絵として出てくるのでしょうか。

有間:ケースバイケースです。実写映画を観るように、夢の最初から最後まで登場することも。エイコ部長は絵で出てきましたね。鉛筆で殴り書きしたラフ画のようでした。

――そんなエイコ部長と大迫の関係が、少しずつ進展していくのも面白かったです。こうしたマンガでは関係性を発展させず、ずっと「あこがれの女神」としてエイコ部長を描くこともできたと思います。あえて関係性を変化させたのでしょうか。

有間:そうですね。「この子とこの子がこうなったらいいよね」というものを描いたほうが、自分も楽しいので。大迫に成長してもらいたいという思いもあって、今の関係にとどめておかず、進展させました。それに、読者もきっとそのほうがすっきりしますよね。

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最初から最後まで、楽しく描けた幸せな作品

――2019年から連載が始まり、途中でお休みを挟みながら約4年にわたってこの作品を描き続けてきました。一冊になったものを読み返していかがでしたか?

有間:最初から最後まで楽しく描けて、幸せでしたね。中でも初回の「鉄板焼き」は楽しかったです。寝ている時も、ふと起きて続きを描こうかなと思ったくらい。大迫や学生寮の仲間たちを一人ひとり描くのが楽しかったんですよね。

 他に楽しかったのは、レタスを入れたラーメンの回。大迫たちが寿司を握る回も楽しかった。こうして振り返ると、全部楽しかったです(笑)。

――続編もあり得るのでしょうか。

有間:どうでしょう……。しばらく休養したいので、また機会があれば。

――マンガのお仕事はお休みされるのですか?

有間:そうですね。今までと全然違うことをやりたくて。ただ、それが何なのかはまだよく見えていません。でも何かをかく仕事だろうなとは思っています。

――文章をお書きになるのでしょうか。

有間:その可能性もあります。ただ、今までも「マンガはもう辞める」と何度も言っていて、そのたびに何度も図々しく復帰しているんですよね(笑)。

 自分が思っているようなものを描けないので、「私はいてもいなくてもいいだろう」と思ってフェイドアウトして。『その女、ジルバ』を描く前も、2年ほどマンガの仕事を辞めていました。さすがに金銭的にも不安になって、掃除スタッフの募集をじっと見る日が続いて。そんな中、古いつきあいの編集者から「まだ遊んでるの? どんな企画でもいいから言って」と言われて、生まれたのが『その女、ジルバ』でした。

『その女、ジルバ』も、もうマンガを描くつもりはなかったのに、ふとアイデアを思いついたんです。「いや、もうマンガは描かないんだけど」と言いながら、外出先のトイレでガーッとメモして。「メモをしても、どうなるものでもないのに」と思っていましたが、不思議と世に出ることになりました。

 他にも、マンガを休む期間はありましたが、いつも何となく戻っているので、きっとマンガは辞めないんでしょうね。ただ、メインをマンガ以外に移したいという気持ちはあります。

――となると、また描きたいことが湧いてきたら、マンガを描くこともあり得ますよね。

有間:どうでしょう。そうなるといいですけれど。とりあえず今は、このマンガを手にした方に楽しんでいただければそれで十分です。

取材・文=野本由起