「めんつゆで料理をするなんて邪道で手抜き」? イケメンだが古風な価値観を持つ昭和男が「常識」を見つめ直す恋物語
公開日:2024/3/19
「良し」とされる価値観は、時代と共に変わっていく。だが、自身の価値観をアップデートするのは簡単なことではない。自分にとっての「当たり前」が、古風な考えとして捉えられると人は驚いたり、傷ついたりする。
もし、そんな悲しい気づきを得る日が来たら、自分をどう変えていけばいいのだろう。『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(谷口菜津子/ぶんか社)は、そんな自問自答を解決するヒントが得られる恋愛漫画だ。
著者は、第26回手塚治虫文化賞で新生賞を受賞した実力派作家。本作はぶんか社が運営する電子コミック誌「comicタント」で連載中。ここでしか読めない描きおろし作を加え、書籍化された。
主人公の海老原勝男には、交際6年目となる彼女がいる。同棲生活にも慣れ、そろそろ新しいステップに進みたい。そう思い、勝男はプロポーズをしたが、彼女・鮎美の返事はまさかのNO。それどころか、別れを告げられてしまった。
想像していなかった状況に、勝男は困惑。ヤケになり、友人から誘われた合コンに参加するも、なぜか女性陣の反応は冷ややか。学生時代からモテてきた勝男は、わけがわからず頭を抱えてしまう。
実は勝男、「料理は女がするもの」「めんつゆで料理をするなんて邪道で手抜き」などという考えを持つ、昭和男。同棲生活では鮎美に自身の価値観を押し付け、手の込んだ料理を前にしてもダメ出しばかり。合コンでは「筑前煮」という手間のかかる料理をおいしく作ってくれる子がタイプと発言したことで、女性陣から反感を買っていたのだ。
勝男は同僚から「古い」「昭和男」と指摘されたことで、自身の価値観が一般的ではないことに気づき、自分を変えたいと思うように。手の込んだ鮎美の料理を当たり前だと思って食べていたことに罪悪感も抱き始めた。
俺は絶対に変わってみせる。そう固く誓った勝男は、自分と違った考えを持つ同僚の意見に耳を傾けたり、手抜きだと非難していた「めんつゆ活用レシピ」に挑戦したりと奮闘。これまで気づかなかった自身の歪みと向き合い始める。
本作を開いた時、正直、筆者は融通が利かなそうな勝男を苦手に思った。だが、読み進めていくうちに勝男の印象は変化。いつの間にか、エールを送りたくなっていた。なぜなら、勝男は自分とは違った価値観を受け止め、自身を省みる力があるキャラクターだからだ。人は誰しも、自分の価値観を大事にしている。だから、それを誰かに否定されると受け入れがたい気持ちになることも多い。
だが、勝男は自分の失敗や歪みを認め、他人の意見を“気づき”として吸収していく。その吸収力や優しい強さは、なかなか持てないもの。彼の生き方や成長には、たくさんの学びが詰め込まれているように思えた。
反省と挑戦を繰り返しつつ、鮎美とやり直せたら…と期待する勝男。果たして、その想いは実る日が来るのだろうか。
なお、本作には勝男のプロポーズを断った鮎美の事情も丁寧に描かれていて、より一層、引き込まれる。実は鮎美が勝男との別れを選んだのは、ある人物との出会いによって自身の価値観がアップデートされたからだった。
勝男だけでなく、鮎美の変化もグっとくる本作。パートナーとの関わり方や、自分の生き方や在り方についても考えるきっかけを授けてくれる。なんとなく生きづらさを感じている方にも、ぜひ手に取ってほしい。
文=古川諭香