収納どうしてる?/きもの再入門⑧|山内マリコ
公開日:2024/3/15
収納どうしてる?
先日、きもの仲間とお喋りしていて、収納の話になった。そのとき彼女が放ったのがこの言葉。
「人に見せられないっていうきもの収納こそ見たいんですよ」
まったく同感だ。
きもの収納の正解はただ一つ。桐箪笥に、畳紙に入れて仕舞う。これである。畳紙も、つるつるした洋紙ではなく、和紙がよい。中身の見える小窓がついている畳紙は便利だけれど、糊が劣化してしまうので要注意。ときどき桐箪笥の扉や引き出しを開けて風を通すこと。
ええ、その正解は、わたしも充分、存じておるのです。
しかしそれを実行することは不可能なのだ。なにしろ洋服の収納だって常時パンパンなんだから。ではどこにどんなふうにきものを仕舞っているのか。幾度の変遷を経て現在わたしが実行中のきもの収納についてお話しいたします。ドキドキ……。
それにしてもなぜだ、なぜなんだ。人が着るものをどう仕舞っていようが勝手なのに。洋服だったらなんでもアリなのに。こときものに関しては、どう収納しているかを人に言うときに、「こんなやり方でお恥ずかしい」という羞恥と、「叱られる!」という怯えが先に来てしまう。叱られるって誰にだ?
これはわたしが、着付け教室で基礎を学んだことの弊害なのかもしれない。なまじトラディショナルなところから入ってしまったことで、きもの界隈につきものの、いわゆる「着物警察」的な厳しさを内面化してしまっているのだ。そう、わたしは、着物警察側の人間なのだ!
ジェネレーションの課題
着物警察……その被害報告は、ネットではもはやあるあるネタである。きものを自由に楽しんで着ている若い子に、不躾に話しかけて水を差すようなことを言ったり、勝手に帯を直そうとしたりする女性たちのことをいう。年齢層は主に中高年。言うまでもなく、若年層のきものユーザーから忌み嫌われる存在となっている。わたしもかつては着物警察に怯えたものだ。その種の人々がいることは、二〇〇九年の時点でもすでに知られていた。
たびたび書いているけれど、二〇〇〇年頃を境に、きものの世界は変わった。まだまだ日本が元気だった証だろう、きものという保守的な世界が、若い人たちのパワーでストリート化したのだ。雑誌『KIMONO姫』を皮切りに、アンティークきものを洋服感覚で楽しむ女子が急増。それによって呉服業界も若者向けのカジュアルラインを出すようになり、プレタきものという、ポリエステルで仕立て上がりという廉価なきものが登場し、新規のきものファンが大量に生まれた。
このとき誕生したきものビギナーたちは、おそらくその後、三つの道に分かれていったと思われる。
一つは、そのまま自由な精神で、好きなきものを着続けている我が道を行くタイプ。もう一つは、プレタきものを卒業し、よりオーセンティックなきものへシフトしていった本物志向タイプ。最後の一つは、すっかり熱が冷めてしまった趣味終了タイプ。
この三つのうち、もっとも着物警察になりそうなのは、真ん中のタイプ。つまりわたしだ。
あのころ怯えていた存在に、もう自分がなろうとは……。いやいや、だめだめ、そんな考えなしに前の世代の負の遺産を受け継ごうとしちゃだめ! 自分がされて嫌だったことは、自分の世代で終わりにしなくては。
いま四〇代のわたしの世代は、価値観のアップデートの真ん中に立たされた中間管理職のようなもの。団塊世代とZ世代に挟まれた、ざっくり六〇代から三〇代までの「大人」のうち、言ってはなんだがその大半は、すでに「老害」になりつつある。よほど意識してアップデートしていない限り、迂闊なことを言っては言葉の中に偏見まみれのニュアンスを滲ませ、若者の足を引っ張る側になってしまう。そうならないためにも、己のよろしくない振る舞いはこまめに正したほうがいい。なによりそれは、自分自身を解放することにもつながるのだ。
ディノスの桐箪笥
というわけで話を戻すと、わたしがきものをどうやって収納しているか、内面化された着物警察が「言うのはよせ」と引き止めているのを振り切って、書きます。
いま住んでいるマンションに引っ越してきたのは二〇一五年。和室があり押し入れ収納があったので、この下段にぴったり入る、キャスター付きの桐箪笥をディノスで購入した。それまではずっと、布製の長持のような衣装ケースに入れていたので、桐箪笥を買っただけでも大進歩だった。
この桐箪笥は、幅と奥行きがちょうど七十五センチ。きものを三つ折りにして小さいサイズの畳紙に入れ、縦に二列並べれば、一段につき十枚ほどが収納できる。桐箪笥の引き出しは四段なので、計四十枚! 充分すぎる収納力……のはずだった。
買った当初は、「この桐箪笥に入る分のきものしか持たない!」と自分に誓い、ほとんど着なくなっていたポリエステルのプレタきものは処分。なにしろわざわざ桐箪笥を買ったのは、ポリエステルではなく、絹や木綿といった天然素材の、戴き物きものたちのためなので。
こうしてわたしは門番として、貰ったきものを傷まないよう保管することに徹し、自分で買うことはなくなったのだった。たまにアンティークのきもの屋さんの前を通りかかっても、「もう増やしちゃだめ」と己を戒め、近づかないようにしてきた。
無印良品の衣装ケース
ところが、この桐箪笥があっという間に溢れた。W祖母のきものが急増したのだ。きものだけで二十枚を超え、帯はそれ以上の数になる。浴衣や半幅帯もあるし、羽織りも二枚ほどある。色無地や錦糸の織り込まれた上等なきものは畳紙に入れる一方、カジュアルな紬などは、畳紙を捨ててそのまま重ねて仕舞うようになった。そうしなければ入りきらないので。それでも、どうしても、帯が収まらない。
ここ数年は、溢れたきものや帯が風呂敷に包まれて床にごろん、みたいな状態で、片付いた試しがなかった。当然、きものを着るモチベーションはゼロに。
どう考えても収納が足りていない。桐箪笥一つではもう無理なのだ。
現実を直視してやっと重い腰を上げ、収納家具の増設に踏み切ったのはつい去年、二〇二三年のことだ。このときは桐箪笥ではなく、無印良品のポリプロピレン衣装ケースを二段購入。名古屋帯はすべてそこに入れている。
プラスチックの衣装ケースを愛用しているきものユーザーは多い。けれどそのうちの何割が、畳紙なしで、ナマで突っ込んでいるだろう。ええ、そう、わたしは、畳紙なしで入れているのだ。しかも下から積み上げると取り出すのが大変なので、こんまりメソッドに倣って、帯を立てて並べている。靴下からデニムまで、引き出しに立てて並べるこんまりの収納方法を、帯で実践しているのだ。
名古屋帯の折り皺に合わせて「て」の部分を畳み、さらに半分に折って、「たれ」の部分がふんわりU字型になるように揃える。そうすると、お太鼓柄がちょうど上辺に並ぶので、どの帯がどこにあるかは一目瞭然だ。
はっきり言って、めちゃくちゃ使いやすい。
けれど、未だかつてこんな収納方法を実践している人を見たことがなく、なにか致命的なミスに至りやしないか、内心ハラハラしている。皺だらけになるとか? 想像もしていない型崩れを起こすとか? 全部カビるとか? 虫がつくとか?
とりあえず漢方敷(かんぽうじき)を入れて様子見中だ。漢方敷は本ウコンを配合したという黄色い和紙。これ一枚で防カビ・除湿・脱臭・抗菌・防虫に効果を発揮すると謳われているのを見つけて、さっそく使っている。
ポリプロピレンの衣装ケースに、名古屋帯を畳紙なしで、漢方敷。
ちなみに桐箪笥は、畳紙あり&畳紙なしが混雑したきものに、豊田愛山堂の防虫香。
果たしてこれでいいのか? 自分にできる収納方法としては現時点でベストなのだが、かといって「これで大丈夫!」と、太鼓判を押せない。半信半疑で生きてます。
でもまあ、そのくらい自信なさげなのが、いまの時代、ちょうどいいのかも。あんまり自信満々な人って、胡散臭いし。それに、自分が教わったことを唯一絶対の正解と思い込んでいると、常識が変わったときに適応できなくなってしまう。そしてここが大事なことだが、常識は変わるのだ。
上の世代から教わった基本をもとに、自分の裁量で合理的なアレンジを加えつつ、「でも間違っているかもしれない」という余白も持っておく。この先、年を取っていくにあたっても、この心構えでいきたい。
<第9回に続く>