本屋大賞ノミネート作『成瀬は天下を取りにいく』の続編。爽やかすぎる女子高生・成瀬、今度は紅白歌合戦に参加する!?
更新日:2024/4/9
宮島未奈氏『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)を購入したのは書店で同書と「目が合った」からだった。本のタイトルはもちろんのこと、フレッシュで清冽な印象のイラスト、そして「最高の主人公、現る!」の帯に惹かれたのだ。
果たして主人公の成瀬ゆかりは、本当に「最高の」中学生(当時)だった。この成瀬が実にキャラが立っている。伊坂幸太郎作品で御馴染みの「天道虫」などと並び、日本現代文学史上、最もキャラ立ちする登場人物のひとり、と言ってもいいくらいだ。
場の空気を読まず、誰にもおもねることなく、丁寧語は一切使わない成瀬。学校の夏休みに、「お笑いの頂点を目指そうと思う」とM-1グランプリへの出場を決め、閉店が決まっているデパートへ毎日通い、テレビの中継に映ろうとする。
成瀬は異端児である。突如丸坊主になったり、200歳まで生きると豪語したり、自主的に街のパトロールを始めたり、世間一般の基準からは外れたことばかりしている。だが、誰にも媚びることのない彼女のまっすぐな行動力と揺るぎない正義感は、見ていて実に清々しい。本書は、一風変わった青春小説と言ってよいだろう。
そんな成瀬が高校生になって帰ってきた。そして、作中で京都大学に現役で合格する。その当時の人間模様を収めたのが『成瀬は信じた道をいく』(新潮社)だ。5つの短編が所収されているが、中でも「コンビーフはうまい」が無類の面白さ。タイトルの由来がまた最高なのだが、それは読んでのお楽しみ。びわ湖大津観光大使になった成瀬の悲喜こもごもがユーモラスに描かれた作品である。
地元の滋賀を愛するがゆえに観光大使に応募した成瀬は、見事に選考会を勝ち抜き、1年間、地元の広報に打ち込むことになる。なお、「コンビーフはうまい」の視点人物は、成瀬とタッグで観光大使を務める篠原かれんという女性。彼女は母も祖母も同じ観光大使だった経歴があり、それに続くことが生まれた時から暗黙の了解のようにさだめられていた。
成瀬は、観光大使への応募の動機を問われ「わたし以上の適任者はいないと思ったからだ」と断言した。その時は成瀬にむっとする篠原だが、自分の将来を勝手に決められて息苦しさを感じていることもあり、我が道を貫く成瀬の生き方に惹かれてゆく。ふたりの息は徐々に合うようになり、バディものの様相を呈する物語へと発展する。
どの短編でも、成瀬に関する驚愕の逸話は尽きない。絵画、作文、書道など複数の選択肢がある小学校の自由研究を、全種類完璧にやってきた。テストの問題を見ると即座に答えが分かってしまうため、解答へのプロセスが説明必須の家庭教師や塾講師ができない 。電車内では半睡状態で難解な物理の本を読み耽る。スマホは大学に入るまで一切必要としなかった。振り込め詐欺を防いだり、ひったくり犯を捕まえたりしたことがある、等々。彼女の非凡すぎる人物像が異彩を放っている。
地元の大津にデパートを建てる。シャボン玉を極める。FM近江から全国に発信するレギュラー番組を持つ。紅白歌合戦に出場する。これらはすべて成瀬が豪語したことである。そして、この伏線は棹尾を飾る「探さないでください」で回収されることに。「探さないでください あかり」と書置きを残して、スマホを家に残したまま成瀬が行方不明になる話である。
皆が必死で成瀬を捜索すると、彼女は「天下統一スタンプラリー」を制覇するために全国を転々としているらしい、という情報が寄せられる。成瀬はなんと、百人一首スタンプラリー、平和堂のはとっぴースタンプラリー、JR西日本の妖怪スタンプラリーも集めていたという。というか、こんな予想外の行動を知らぬ間にとっているのが成瀬なのだ。
最も予想外だったのは、成瀬の紅白歌合戦への出場が実現したこと。観光大使のくだりで、成瀬がけん玉の大名人であることが明かされるが、それが紅白出場への伏線となっていた。もうオチはお分かりだろうか。彼女の友人や家族はテレビに映る成瀬に見入ってしまう。筆者もその様子を想像して夢中で最後の数ページを読み耽った。成瀬、キャラ立ちしすぎだろう。最高だ。
文=土佐有明