ヒトはなぜ怖いものを見たがるのか? Xで人気の動物行動学者が私たちの行動や感情の謎を解説
公開日:2024/3/5
「野生生物と3日ふれあわないと体調が悪くなる動物行動学者」とXのプロフィール欄に書いている小林朋道氏は、動物に関する質問をXユーザーから募って人気を博してきました。それらの質問をまとめたのがご紹介する『モフモフはなぜ可愛いのか 動物行動学でヒトを解き明かす』(小林朋道/新潮社)です。人間もまた動物の一種ですが、様々な野生動物の行動や習性を研究してきた小林氏の目には、人間の行動や思考がどう見えているのかを本書で楽しめます。
たとえば題名にもなっている「モフモフ」が可愛く感じる理由について、まず著者はモフモフという擬音を「丸っぽさ」と「ふくよかさ」とに分解して考えます。人間の赤ちゃんというのは幼ければ幼いほど丸みを帯びている。親はそのような形状や感触のものを「保護してあげたい」、という神経が脳内に通っている。ここまでは何となく説明されないでもわかる方も多いと思いますが、ではなぜ赤ちゃんの頭は丸っこく、それが際立つようになっているのかといったような説明から著者の本領が発揮されます。
たとえば、大きな脳をもつように進化したので、子宮内である程度成長して、外部刺激に耐えられる脳になってから出産しようとすると、物理的に、首から下の身体がまだ小さい状態で誕生するしかないのだ。その他、諸々の事情から、「相対的に大きな頭部の状態での誕生」はやむを得ないのだ。
13章ある中にきっと読者それぞれで気になるトピックがあるはずですが、筆者が初見で気になったのは以下の章です。全ての詳述はできませんが、いくらか頭出しも書き添えてご紹介します。
・親しい友人と会った時、とび跳ねたりするのはなぜか?
ガッツポーズをするという「エネルギー消費」がコミュニケーションに果たす役割
・ヒトはなぜ「怖いもの」を見たがるのか?
リスは「カゴの中にいるヘビ」を目撃したとき、意外と逃げずに観察する
・子どもがやる「地団駄を踏む」動作は本能か?
子どもの頃のほうが喜怒哀楽を大脳が制御する度合いが低く、ありのままの感情が発露する
・ヒトは今も進化しているのか?
諸般の理由で起きにくくなっているが、起きている
特に面白く感じたのは『ヒトにとって「音楽」とは何なのか?』という章です。チンパンジー、イヌ、ラットにとってリズムの良い音楽が、カラスやキュウカンチョウにとって均衡のとれた形状や規則的パターンの模様が、心地よく感じるという実験結果があるといいます。
著者はただそういった結果の羅列をするのではなく、こうした物差し(リズム、対称性、バランス、秩序)が、私たちのふとした動作や思考にも備わっていることを丁寧に解説していきます。
車が行き交う道路の、信号機がないところを、あなたは、道路の向こう側へと横断しようとしている。そんなとき、あなたは、脳の中でリズムを刻みながら、行き交う車の動きを把握し、リズムのどのタイミングで飛び出すかを決めている。そう思われないだろうか。「一(いーち)、二(にー)、三(さーん)」っと。
「言われてみれば自分やあの人はそうやって行動、感知している気がする」というような気づき、ひいては「人間もまた動物である」という実感が、著者の洗練された見識によって読書中に生まれていく一冊です。
文=神保慶政