シャーロック・ホームズと浮浪児たちがタッグを組んだミステリーマンガ。19世紀末のイギリスを舞台に、“名探偵”と“浮浪児”の2つの視点から事件に立ち向かう『ガス灯野良犬探偵団』

マンガ

PR 更新日:2024/5/31

ガス灯野良犬探偵団
ガス灯野良犬探偵団』(青崎有吾・松原利光/集英社)

 第二次産業革命により、絶頂期を迎えていた19世紀末のイギリス。工業化と都市化が進んだロンドンの夜はガス灯で照らされ、その灯りに誘われるかのように多くの人が移り住んだ。だが光の下で生きられるのは、いつの時代も恵まれた人間だけ。『ガス灯野良犬探偵団』(青崎有吾・松原利光/集英社)は、“ガス灯”の影で生きる者たちに焦点を当てた、奪われる側たちの本格“反逆”ミステリーだ。

 主人公のリューイは、靴磨きで日銭を稼ぐ少年。貧困と格差にあえぐ浮浪児たちが集まるロンドンの路地裏で、弱肉強食の世界を生き抜いていた。ある日、浮浪児が殺害される事件が起こり、リューイは独自に調査を始めることに。持ち前の観察眼を生かして犯人を突き止め、対峙しようとしたそのとき、謎の男性が現れて犯人を捕縛する。彼の名はシャーロック・ホームズ。リューイは、「浮浪児を救うやり方」を盗むため、自らホームズの猟犬となる。

 厳しい階級社会である19世紀末のイギリスにおいて、人口の多くを占めていたのは、リューイのような貧しい労働者階級の者たち。有名な「切り裂きジャック」の現場となったイーストエンド・オブ・ロンドンのような貧困地区が、いくつも存在した。薄汚く、犯罪や売春が横行する貧民街が、リューイたち“野良犬”が生きている世界だ。上流階級や中産階級の人間にとって、下層で生きる者は“替えの利く安い労働力”でしかない。作中で犯人として真っ先に疑われたり、被害者となったりするのは、いつだって立場の弱い彼らだ。

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 本作のホームズは決して良い大人ではない。浮浪児たちを「野良犬」と称し、見下した態度を見せる嫌なヤツとして登場する。ただし“犬”としてのリューイを認めてはいるようで、己の手足として使役し彼の成長を促す人物として描かれる。

 序盤こそリューイとホームズのふたりで事件を解決していくが、浮浪者仲間の少年少女が登場することにより、子供たちによる冒険ミステリーへと変化する。ある事件がきっかけで猟犬仲間となったジエン。ひょんなことで出会い、共に事件に巻き込まれていく少女のアビー。彼らに共通しているのは、薄汚れた環境をひとりでサバイブしていかねばならないという現実だ。だからこそ、彼らが時折見せる“子供の顔”には、微笑ましくなったり、胸が苦しくなったりする。

 本作最大の魅力は、リューイの観察眼と発想から導き出される推理だ。中産階級として生まれ育ったであろうホームズと、地べたを這いずって生きていたリューイとでは、着眼点が違う。下ばかり見てきた浮浪児だからこそ気付く、事件解決への糸口。ただしそれだけでは、事件の全容は明らかにならない。違う視点を持ったホームズの推理と合わさって、はじめて全体像が見えるのだ。双方の視点から謎を解いていく様子が非常におもしろく、自然と引き込まれてしまう。作品の根底的なテーマであろう身分格差を、推理のエッセンスとして用いている点は、評価されるべきではないだろうか。

 テンポよく進むストーリーの中に重厚な深みがある本作。3月18日(月)にはコミックス最新2巻が発売される。弱き者たちが牙をむいて立ち向かう姿に、読者もきっと奮い立たされるだろう。

文=倉本菜生

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