石田衣良が最新作で“異世界転生”を選んだのはなぜなのか? 小説ではなく漫画に挑戦した理由や今後の展開まで、赤裸々に語るインタビュー

マンガ

PR 公開日:2024/3/12

石田衣良さん

直木賞作家である石田衣良さんが、初の漫画原作を手掛けたことで話題の『DT転生 ~30歳まで童貞で転生したら、史上最強の魔法使いになりました!~』の第一巻が3月8日に発売された。異世界に転生して魔法使いとなった主人公コウタの活躍が描かれているのだが、なぜ小説家が「異世界転生物語」を創作しようと思ったのか? 小説ではなく漫画だったのか? そのきっかけと、今後の展開について伺った。

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■コロナ禍に始まった新たなチャレンジ

──石田さんは漫画原作を手掛けるのは初めてだそうですが、なぜ異世界転生物語にされたのでしょう?

石田衣良さん(以下、石田):始まりはね、コロナなんですよ。ウチは動画配信サービスにいっぱい入っているんですけど、外出禁止になったときに配信でめぼしいドラマと映画を見終わってしまって。でも辛気臭い小説を読むのも嫌だしなぁとなったときに、小説投稿サイトの「エブリスタ」でたまたま異世界ものを読んだんです。それで興味を持って異世界転生ものを探してみたら、アニメがたくさんあって、それを多いときは1日に7~8時間観ていましたね。

──そんなに長時間!

石田:たぶんコロナ禍で嫌になっていたんでしょうね。外出もできないし、打ち合わせもずっとない、人にも会えなかったから。それで片っ端から読んでいる内に「新しい世界ができてるんだな」と思って。これまでの小説などの創作と違って、「異世界に転生する」というお題があって、それを自分のセンスや趣味を活かしたものにして面白おかしく盛り上がっている。大喜利みたいな世界なんですよ。それで、こういう新しい面白さがあるんだったら僕も原作をやってみようかなと思ったんです。

──そこから自ら企画を立てられたんですね。

石田:コロナの最中に企画を作って編集部へ送って、コロナ禍が明けてから動き始めました。

──とはいえ石田さんは小説家ですから、小説として書くこともできたわけですよね?

石田:僕はこれまで原作として映画やドラマ、舞台、アニメなど、関わってきた作品が20本くらいあったんですが、漫画の原作だけはやってないなと思って。もともと漫画は大好きで、本棚の壁一面が漫画になっているくらいだったんですよ。それで、これもまたコロナの影響なんですけど、これまでやったことのない新しい仕事をやってみたかったというのがあったんです。年を取ると、今までの仕事だけになってしまうので。

石田衣良さん

■面白い話は焚き火を囲むような温かい気持ちになる

──石田作品はこれまで小説として書かれたものが漫画化されることはありましたが、漫画原作者として物語を考えるのは小説を書くのとどう違いますか?

石田:小説はリアリズムを大事にして書くもので、やっぱり物事を描写したりする地の文が一番大変なんですよ。でも漫画原作はそこを「ト書き」でどんどん書いていける。ト書きに関してはなるべく簡潔に、サッと書いています。例えば「準男爵家、家の前にはバラ園があり、手入れをしている老人が座っている」くらいで。

 あとはセリフです。セリフはひとつ書くと、自動的にそのセリフにリアクションをしていくので、書くのは早かったですね。だからもう、楽しかったですねぇ。「ウワォ!」という感じで(笑)。小説を書くよりも3倍くらいのスピードで書けるし、セリフとト書きで一行スペースを空けて書いていくのでどんどん進んで、「おお、一日でこんなに書いた!」となって。それで元気になりましたね。

──原作を書くことで、コロナの閉塞感を打破されたのですね。異世界に転生する物語の面白さって、どんなところにあるとお考えでしょう?

石田:異世界ものの面白さのエッセンスは2つあるんです。アイデアは本当にシンプルで、ひとつは力のない小さなチームが、お互いに磨き合いながらどんどん強くなっていく「国盗り物語」で、もうひとつは男女で戦いながら冒険をしてポイントを稼いでいく「冒険物語」です。『DT転生』では王道の国盗り物語をやることにして、男女の冒険物語はいずれ別の作品としてやりたいなと思っています。僕ね、そういう物語世界の設定とか条件みたいなのを考えるのがすごく好きなんですよ。この世界はどれぐらいのリアリティーラインで作っているんだろう、どういう人が支持しているんだろう、って。その中でも異世界転生ものはどんな展開をしてもアリなので、無限にアイデアが出てくるんですよ。

──異世界転生物語が人気なのは、現代にフィットしているってことなんでしょうか。

石田:そう思います。やっぱりね、今の社会がとてもつらい状況にあるから、異世界へ行ってチートで力を得るという物語が受けているんじゃないかな。そういう面白い話を読むことで、人々が集まって焚き火を囲んでいるような温かい気持ちになって、現実にある嫌なことを忘れ、生きる力を得ているんでしょうね。これはエンタメの一番大事な力ですよ。そこで主力を担って頑張っているのが、今は異世界転生とBLなんじゃないでしょうか。

石田衣良さん

■作画は自由にやってもらっている

──物語を描く漫画家の山田秋太郎さんとはどのように仕事をなさっているのでしょうか。

石田:僕が脚本の形式で書いたものを山田さんへ渡して、ネームにしてもらったものを読んで確認しています。山田さんは絵が上手いし、お話を膨らませてくれる人なので、結構自由にやってもらっています。動きのある場面などは山田さんのアイデアがたくさん入っていて、いい感じだなと思いますよ。「ここ、こういう風に広げるんだ」とか、絵の強さとか動きの強さがありますから。今後はいろいろなキャラクターが出てくるので、山田さんが描くことで「この役がいいから、もっと膨らませよう」ということも出てくるでしょうね。

──3月8日に発売された第一巻では、30歳の誕生日を翌日に控えた天塚幸多が交通事故に遭ったことで異世界へ転生、夢で見た美少女リタの屋敷であるアーチボルト準男爵家で魔法使いのコウタとして働くまでが描かれていましたが、今後はどんな展開を考えていらっしゃるのでしょう?

石田:面白いキャラや悪役をどんどん出して、悪役はやられるとどんどん強くなって、コウタ側もパワーアップして、そのおかげでアーチボルト家もだんだんと爵位が上がって……みたいな感じの大きな国盗り物語になっていけたらいいなと。最後こうやって物語を終わらせたいなという形はありますけど、それまでは流れにまかせて、次はどういう話にしようかな、と考えている感じですね。

──お気に入りのキャラクターはいますか?

石田:やっぱりアーチボルト家の女の子3人かな。姉のリリー、妹のリタ、そして見た目は魔法で若くしているけれど本当は68歳の魔法使いのキャンディスは山田さんに可愛く描いてもらいたかったので、気に入っていますよ。今後コウタが活躍していくと、彼と結婚したいという女性が出てきたりして、その人とアーチボルト家の女の子3人との攻防があったり、謎の魔法使いのロード・アストロンもいいキャラクターなので、どうやって登場させようかなと考えています。

──では最後に読者の方へメッセージをお願いします。

石田:『DT転生』はそんなに肩ひじ張らず、くつろぎながらゆっくり楽しんでもらえればと思います。この先は物語が展開して、バトルシーンもたくさん出てくるので、楽しみにしていてください。

石田衣良さん

取材・文=成田全(ナリタタモツ)、写真=桐山来久