ミステリー作家・東川篤哉の新作は「トリックアイデアの在庫一掃セール」。オカルト要素を入れるのに苦戦したと語る、『博士はオカルトを信じない』発売記念インタビュー

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/3/9

東川篤哉さん

 ユーモアミステリーで知られる小説家の東川篤哉さんが、初の「超常現象モノ」を執筆。『博士はオカルトを信じない』(ポプラ社)は、探偵の息子でオカルトに興味を持つ中学2年生の男の子が、天才発明家を自称するアラサー博士とコンビとなり、“幽霊のしわざ”としか思えない謎解きに挑む連作短編だ。

 奇天烈とも言える博士の発明、凸凹コンビのコミカルな掛け合いに笑い、ユーモアあふれるトリックの謎解きは痛快。ミステリーを堪能しながら楽しい読書体験ができる本作の執筆や制作の裏側を、東川さんに伺った。

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●オカルトに現実的な答えを出すのが科学者、という連想

——本作は『ひらめき研究所の天才的な日常』というタイトルで文芸PR誌「季刊asta」に連載されていた作品です。どのようにして生まれた作品なのでしょうか。

東川篤哉さん(以下、東川):ポプラ社で書くこと自体が初めてだったので、子ども向けのものを書きたいなと思いました。僕自身、子どもの頃に図書館で、ポプラ社から出ているシャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンなどの作品を読んでいたので。

 僕らの世代のミステリーマニアやミステリーファン、作家になった人も含めて、ポプラ社の児童書シリーズを読んでいた人は相当数いて、すごい影響力だったんですよ。今で言ったら『名探偵コナン』とか、そういう感覚だと思うんですよね。大人向けの作品は別の出版社でも書けるし、あえて主人公の年齢を低めに設定して書こうと考えました。

——子どもはもちろん、ミステリー初心者も読みやすい一冊だと思います。書籍化にあたって、『ひらめき研究所の天才的な日常』から『博士はオカルトを信じない』に改題されていますね。

東川:連載のタイトルは編集者がつけたものです。連載が始まるときに「通しのタイトルが必要です」と言われて、あ、考えてなかった…と。単行本でまた違うタイトルにすればいいからって。だから改題に深い意味はないんですが、喫茶店で編集者と話しながら、その場の思いつきでつけてしまいました。普段は20個くらいリストに書いて編集者に見せるんですけど、今回はその日に決めないといけなくて。「超常現象」と書いて「オカルト」と読ませる、みたいなアイデアもありました。

東川篤哉さん
担当編集者とタイトルを考えた際のメモは、喫茶店の紙ナプキンだったそう。

——できあがった表紙をご覧になっていかがでしたか?

東川:蛍光色の緑が珍しくていいなと思いましたね。紙質も妙に面白いし。そもそも、人物のイメージをあまり想像しないで書いているので、イラストになっている博士と中学2年の丘くんがなかなかいいなと。

東川篤哉さん

——タイトルにもある博士は、自称「天才発明家」だけれども、ちょっと残念な発明ばかりしているお茶目な人物。オカルトに興味を持つ中学2年の男の子とともに、謎解きをしていきます。この凸凹コンビの設定はどのように決めていったのでしょうか。

東川:子ども向けに書こうとしたときに、子どもってオカルト好きだよなと思ったんですよ。といっても、だいたい男の子のような気がするんですよね。それなら、もう一方は女性の科学者がいいかなと。書店で児童書の棚を見たときに、オカルト的なものに対して現実的な答えを出す存在として、オカルトの対極にあるものは科学者だろうと、そういう連想だったと思います。

——凸凹コンビの年齢差も絶妙で、一緒に推理をしていく2人のビジュアルが頭に浮かぶようでした。博士のヒカルさんはアラサーで、中学2年の丘くんにとって、お母さんほど離れてはいないけど、学校の先生にいそうな年齢というか。

東川:中学2年というと、オカルトみたいな怪しいものに惹かれがちな年齢のイメージがありました。中学1年だと幼すぎるし、中学3年だと受験で忙しそうだし、小説に出るような中学生って2年生の設定が多いんじゃないかな。

 博士は29歳という設定。現実世界だと29歳でも31歳でもそこまで変わらないけど、30代にしようかどうかちょっと悩みましたね。20代って現実では若くても、中学2年の丘くんから見たら大人だし、いろいろ考えた結果が29歳でした。

東川篤哉さん

●子ども向けにはベタな物理トリックがむしろ相応しい

——自称・天才発明家であるヒカルさんの発明と、発明品をめぐる2人の掛け合いには笑いました。古新聞がテーブルと一体化されて、お目当ての過去の記事を全自動で探して掻き分けるという「全自動SES」とか…実際にあったら面白そうですが。

東川:いやいや…(笑)。発明家という設定である以上、何か発明品を出さないといけないかなと。毎回考えましたけど、しょうもない発明っていうのが、意外と難しかったですね。そもそもストーリーにもあんまり関係していないから、思いつきにくいというか…。ミステリーとして成立させるのに精一杯で、もうちょっと考えれば面白い発明品を思いついたのかもしれませんが。

——通常は、最初に推理とトリックがあって、そこからお話を肉付けしていくそうですが、本作ではどうだったのでしょうか。

東川:今回も同じパターンですが、その中にオカルトっぽい要素を入れるという縛りになってしまったので、そこが難しかったですね。トリックを思いついても、オカルト現象みたいなものに結びつかない内容ではダメなので。あまりオカルト作品を読んできていないから、そもそもオカルトって何なんだ…みたいな感じで、知識のない中から辛うじてオカルトっぽい話に繋げていきました。だから、あんまりオカルトっぽくないかもしれない。丘くんレベルなら信じられるオカルト、というか(笑)。

——事件現場ではさまざまな超常現象が起きますが、そのトリックには身の回りにあるような物が使われていて、ミステリー初心者でもわかりやすいと感じました。

東川:要するに、物理トリックですよね。僕はネタ帳みたいなものにトリックのネタを書いているんですけど、身近な物を使ったトリックって、大人向けの作品だと意外とやりにくいんですよ。あまりにも機械的すぎるというか、“今更”感が出てしまって、喜んでもらえない可能性があるというか。ただ子ども向けでは、こういう素朴でベタな物理トリックがむしろ相応しいんじゃないかと。だから、これまで使い場所がなかったトリックのアイデアを在庫一掃セールみたいに書きました。ただ、機械的トリックって言葉で説明するのが難しかったです。

——図面のイラストが入ったトリックもあり、事件現場のイメージを思い浮かべやすいなと。

東川:本当は文章だけで説明したいところですが、仮に子どもが読むと考えたら図面ぐらいないとな、と思い、図面を書いて編集者に渡しました。古い日本家屋にある「縁側」とか、今の子どもには、どういう状況かわからないかもしれないし。普段の執筆では、図面を実際に描くというより、頭の中で状況をイメージすることのほうが多いですね。なんとなく想像して、できそうだな、みたいな感覚で。だから、いざ図面を書こうとすると、あれ、どんな状況だろう…となることのほうがむしろ多いんじゃないかな。

東川篤哉さん

●幽霊はどうしたら幽霊っぽくなるのか

——丘くんの家族が探偵ファミリーだったり、事件に家族が絡んでいるものが多かったり、子どもが読んでも物語に入っていきやすいような設定だと感じました。

東川:丘くんの両親は「オカリナ探偵局」の探偵で、普通の会社員でも良かったんですけど、それだと中学生が事件に巻き込まれるようなことがあまりないかなと。事件に家族が絡んでいるのは、ミステリーって「○○家の殺人」みたいな話が基本的に多いし、この連作自体、探偵小説の王道パターンで書いているので。丘くんの中学の友だちが登場する章では学校も出てきますが、事件の舞台設定を考えたときに、家の中のほうが、トリックが成立するシチュエーションを書きやすいということもありました。

——他の作品と同様、今作でも愉快なラストが待ち受けています。

東川:ユーモアミステリーだし、基本的に探偵小説だから、謎を解いて真相が明らかになって終わるのがオーソドックスなパターン。ただ問題は、主人公が中学生ということでした。中学生が犯人を警察に告発するわけにもいかないので、真相が明らかになったときにどうするのか、そこは少し苦労しました。結果的に、丘くんが探偵のお父さんやお母さんに真相を耳打ちするという場面が、毎回言い訳のように書いてあります(笑)。

——中学生という低年齢の主人公を描くときの難しさや、オカルトっぽいトリックで悩まされることが多かったと。

東川:オカルトだから幽霊の出る話があるのは当然なんだけど、幽霊ってどうやったら出せるんだろう…というのは考えましたね。そもそも今の子どもが幽霊を怖いと思っているのかな、とも。幽霊にリアリティも何もないんだけど、幽霊ってどうやったら幽霊っぽいの、と悩んだというか、やりにくかったというか。

 だから「うらめしや〜」と幽霊に言わせたりして、ふざけた感じになっているんですよ。オカルトっていう縛りの難しさで、自分で自分の首を絞めましたけど、こういう短編集をたくさん出させていただいているから、何かしら特徴がないと。そういう意味では、特徴を出せたのではないかと思います。

取材・文=吉田あき、写真=三浦貴哉