チェルノブイリ原発事故から見る「被曝の恐ろしさ」。事故で日常を失った人々のその後をリアルに描いた実話集『チェルノブイリの祈り』

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PR 公開日:2024/3/14

チェルノブイリの祈り
チェルノブイリの祈り』(熊谷雄太:著、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:原作、今中哲二、後藤一信:監修/白泉社)

 事故や病気、災害、人災などで、当たり前だと思っていた毎日が急変してしまう。悲しいし受け入れがたいことだが、そうした出来事は日々世界中で起こっている。その中でもチェルノブイリ原発事故は、誰もが知る悲惨な出来事として有名だろう。『チェルノブイリの祈り』(熊谷雄太:著、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:原作、今中哲二、後藤一信:監修/白泉社)は、事故当時そこに生きていた人の証言を基に描かれた実話集だ。

 原作は、岩波書店が日本語訳版を刊行している同名の文芸作品。この作品を基にコミカライズしたのが、先日2024年2月29日に発売されたこの作品だ。『戦争は女の顔をしていない』の作者でノーベル文学賞受賞者でもあるスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチが手掛けた作品ということで、発売前から注目が集まっている。

 本作品は、「孤独な人間の声」「兵士たちの合唱」「プリピャチからの移住者」「ドアに記された人生まるごと」「古い預言」の5話で構成されている。それぞれ別の人物が主人公となっているが、その全員に共通していることもある。それは、ただチェルノブイリ原発の近くに住んでいただけの、何の非もない、ごくごく普通の人たちだったということ。そして、この事故によって普通の生活や大事なものを奪われた人たちであるということ。

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 例えば、第1話の新婚夫婦だった二人。消防士として働いていたワシーリィ・イグナチェンコと、その妻のリュドミーラ・イグナチェンコに起こった悲劇。事故が起こったことでチェルノブイリ原発へ駆けつけたワシーリィは、被爆し、病院へ搬送された際には既に手の施しようがなかった。そのとき、リュドミーラは妊娠6ヶ月。しかし彼女は、夫に会いたいという一心で、住んでいたプリピャチから彼が転院した病院のあるモスクワまで向かってしまう。

 そして看護師さんや本人が止めるのも聞かず抱擁し、キスをして、必死で彼を看病する。しかしワシーリィはみるみるうちに細胞が破壊され、皮膚もボロボロになり、呼吸すらままならない状態に。そしてそのまま、彼女がたった3時間その場を離れている間に亡くなってしまったのだ。ここまでたったの14日間。そして夫のそばで放射能を浴び続けたことで、おなかの中の子どもにも影響が及んでしまい――。結果、その先にあったはずの未来がすべて奪われてしまったのだ。

p33

p50

 ワシーリィが消防士として呼び出されたときは、何の警告もなく、防水服を着ることもなく作業にあたっていたという。自分が被爆したと気づいたとき、彼は何を思っただろう? そう考えるだけで胸が苦しくなる。そんな状況でも、自身の体が壊れていく中でも、彼は最後までリュドミーラを愛し、気遣っていた。子どもの顔だって見たかったはずだ。そしてリュドミーラもまた、生涯にわたって彼とその娘だけを愛し続けた。一人で。

p12-13

 この夫婦の事例は、ほんの一例でしかない。この先の第2話~第5話も、別の家族に起こった悲劇が描かれる。帰る家を失い、見知らぬ土地で「チェルノブイリ人」として生きなければならなくなった家族。赤帯の短期特別召集呼出状で呼び出され、何も知らされずに汚染地の樹木の伐採や土壌けずりをやらされた者。とある事情から、実家のドアを取りに汚染地へ戻った男。妊娠中に被爆したことで娘に多数の複合異常が生じ、生かすために病院を回って助けを乞う母親……。

 被爆して死を待つしかない本人の苦しみはもちろん、それをどうすることもできない周囲の人々や、大事な相手を失ってなお生き続けなければならない残される側の思いもリアルに綴られている。チェルノブイリ原発事故があったこと自体はもちろん筆者も知っていたが、そこで暮らしていた人々のその後をこんなにも詳細に見せつけられたのは初めてだった。世の中には、知っているようで見えていないこともたくさんある。本書は、それを改めて感じさせる一冊だった。

©熊谷雄太/スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ/白泉社
文=月乃雫