異常な実家を描いた『すみにごり』最新5巻レビュー。会社をクビになったキレやすい父の秘密を、息子の恋人が暴露?
公開日:2024/3/21
正常な家族とは何だろう。
夫婦は仲良しで、ふたりの子どもは順調に成長して、にこやかな祖父母もいる「サザエさん」のような家庭を想像する。数年後、高校や専門学校、大学を卒業した子どもたちは、家を出て自立し安定した職に就いて、20代・30代のうちに結婚して子どもを持ち、子どもたちも無事に成長する。そして彼らは長期休暇になると子どもといっしょに、老いた両親に孫を会わせに行く。
ロボットのように「順調な人生」をなぞる家族は不気味だ。家族が増えても、何も危機的な状況が起こらないなんてありうるのだろうか。子どもが親に反発したら? 結婚したくない、もしくは子どもを持ちたくないと子どもが言ったら? 経済的に問題のある家庭なら? 夫婦で老々介護の状態になることは?
ステレオタイプの幸せな家族は、そんな可能性をすべて打ち消す。画一的だ。一方、「ステレオタイプではない家族」にはさまざまな種類がある。たとえば『住みにごり』(たかたけし/小学館)の舞台である西田家がそれに該当する。会社を懲戒免職になり、キレると物にあたる父親の憲(けん)、脳出血で倒れて以来、車椅子での生活を余儀なくされ、夫の不倫を疑っている母親の百子(ももこ)、夫との離婚後、実家によく顔を出すさっぱりとした性格の長女、長月(なつき)、ニートで部屋からほぼ出ない生活をしている長男のフミヤ、そして本作の主人公であり、東京の仕事を辞めて実家に戻ってきた末っ子の末吉である。
この中でもっとも目立つのはタンクトップ一枚を着て、異様なモノばかりを自分の周囲に置き、女性の持ち物で性欲を解消させるフミヤだ。末吉は小学生の時以来、兄と会話をしていない。しかしページをめくっていくと、この家族、「正常」からはみ出しているのはフミヤだけではないと気づく。ほの暗い秘密を抱える憲はもとより、フミヤに憲の尾行をさせる百子からも狂気を感じる。フミヤは今後も変わらずニートなのだろうと思い込んでいる長月と末吉は、彼を放置して解決の道を歩ませようとはしない。
1巻中盤から登場する、末吉の幼なじみの森田純夏(もりた・すみか)は西田家に外部からの風を吹き込む存在だ。しかしそれは良い意味ではなく「浸食」と呼べる不穏さに満ちている。愛らしい外見の彼女は、末吉と恋人のような関係になって長月との関係も良好、ニートのフミヤに偏見も持たない。
西田家の実家にも足を踏み入れる純夏は、憲の大きな秘密を知っていた。そして最新の5巻、とうとうその秘密を純夏は口にする。凍りつく一家をよそに、純夏にプロポーズをするつもりの末吉はその場にいない。プロポーズを盛り上げるためにケーキを買いに行っているのだ。ここでふと気づいた。予告を見ると、5巻では、秘密をもみ消そうとする憲と西田家の破滅を狙う純夏の感情に焦点があてられている。読者がどちらの味方もできないなか、末吉の存在感はとても薄い。決定的な場面に対峙することもなく、4巻までの主人公らしさも消えて、まるでいなくてもかまわないような人物として描写される。
父親である憲の秘密を知った家族は、どのように変化するのだろうか。そして末吉は、存在感のないまま、何も知らないままなのだろうか。謎はまだ残っている。「家族とは何か」。純夏の暴いた秘密は、その答えを引っ張り出す契機になるのではないだろうか。
文=若林理央