東村アキコがいち早くウェブトゥーン連載をはじめた理由とは? 半生を振り返ったエッセイ『もしもしアッコちゃん』
更新日:2024/3/15
『海月姫』『東京タラレバ娘』など多くのヒット作を持つ東村アキコ氏。ハイテンションでスピード感のあるギャグ要素と、どの世代にも刺さる切ない心理描写で東村アキコ氏ならではの世界観を展開してきました。一方で自身の育児について綴ったエッセイ『ママはテンパリスト』は育児マンガとしては異例の100万部を売り上げ、恩師のことを振り返った『かくかくしかじか』では多くの賞を受賞するなど、エッセイストとしても高い評価を得ています。
そんな東村氏にとって初の文章によるエッセイ集が『もしもし、アッコちゃん?~漫画と電話とチキン南蛮~』(東村アキコ/光文社)です。宮崎県に生まれてから現在に至るまでの自身の半生を、実は深い関わりがある“電話”の変遷とともに綴った本書。東村氏の、そして彼女の作品の原点を強く感じるエピソードが揃います。
昭和50年。今でいうNTTにあたる日本電信電話公社に勤める父・健一さんのもとに生まれた東村氏。父の転勤に伴い、九州地方を転々としながら幼少期を送ります。幼い頃の東村氏はやっぱり絵を描くことが大好き。絵をたくさん描くためならばどんな困難にも立ち向かう強い意志を持ち、思わぬ行動で親の度肝を抜くなど、本書の言葉を借りれば「気が強くて、生意気な」子どもだったそう。そういえば東村氏の描く主人公はちょっと変わったところがあり、ガッツがあるタイプが多い気が。東村氏と彼女の描くキャラクターの共通点を見つけた気がしました。
また本書にはマンガについてのエピソードも多数。デビュー誌となる『ぶ~け』、そして憧れの作家・岩館真理子先生の作品との出会いなどが綴られます。いとこが19人もいて、親戚づきあいが多いという実家について「私の漫画が賑やかで楽しいのは、きっとこの環境で育ったから」と氏が振り返るなど、ファンならば合点がいくエピソードもたくさん。東村マンガの原点がそこかしこに散らばっています。
それらのエピソードがすべて文章で書かれているわけですが、東村氏特有の勢いと面白さは文章でもしっかり健在。特に社会人になりたての頃、飛行機に乗り遅れそうになったピンチを居合わせたサラリーマンたちと乗り越えたエピソードなどは、脳内で東村氏によるマンガが出来上がってしまうほど。本項とバルセロナオリンピックに出場した男子マラソン・森下広一選手に恋をしたエピソードはファンでなくとも爆笑必至なので、ぜひ読んでみてほしいです。
本書の最後には、iPhoneの登場によってマンガが紙だけではなく画面で読むものへと移り変わっていったことへの衝撃が綴られます。私は以前から、もはや大御所漫画家である東村氏の作品がウェブトゥーン(韓国発祥の縦読み&フルカラーというマンガの形態)にいち早く対応していることに驚きを感じていましたが、その理由が本書を読んでよくわかりました。また本書には『ママはテンパリスト』の主人公である東村氏の息子・ごっちゃんもちらっと登場。東村氏の時代を読む力の高さには、ごっちゃんの存在も不可欠であると知り、「ごっちゃん、こんなに大きくなって……」と謎の親心が発動してしまいました。
東村氏の過去・現在・そしてこれからが詰まった本書。ファンはもちろん、東村氏のことを少ししか知らない人でも、濃いエピソード&勢いのある文章であっという間に引き込まれてしまう一冊です。
文=原智香