現実とフィクションが混ざり合う… 下村敦史氏が自邸を舞台に書いた前代未聞の本格ミステリー
PR 公開日:2024/3/19
胸騒ぎがする。自らも謎めいた洋館に閉じ込められたような没入感。恐ろしさ。一体、これから何が起こるのだろうか。不安と期待を抱えながら、焦るようにページをめくった。
現実とフィクションが混じり合い、境界を見失っていく。そんなこの上ない体験をさせてくれるミステリーが、下村敦史さんによる最新作『そして誰かがいなくなる』(下村敦史/中央公論新社)だ。どうしてこのミステリーにこんなにも惹き込まれるのか。それは、この小説が、下村さんの自邸を舞台としているというのが大きな要因のひとつだろう。
下村さんの自邸は、いかにも何かが起こりそうな洋館。外観は、パルテノン神殿を思わせるドーリア式の白い飾り柱が特徴的で、玄関を入れば、吹き抜けのホールに、赤色のカーペットが敷かれた曲線状の階段、頭上には大きなシャンデリアが現れる。書斎はバロック様式、ゲストルームはロココ調、マスターベッドルームはヴィクトリアン調と、各部屋でコンセプトが異なり、そのどれもがこだわり満載。この小説では、そんな自邸を舞台に事件が巻き起こるのだ。
本書のカバーや表紙、見返し、本文中にはふんだんに自邸の写真が使われ、物語に登場する間取りも内装も自邸そのまま。実在する館、しかもミステリー作家の自邸を舞台にしたミステリーなど、前代未聞ではないか。おまけに、プロローグでは、家主のミステリー作家が殺害されて幕を開けるだなんて、面白くない訳がない。
「何かが起こりそうな洋館を建てたいんだよ」。
物語は、ある大雪の日、大御所ミステリー作家・御津島磨朱李が、森の奥に建てた新邸のお披露目会を開いたことに始まる。招かれたのは作家と編集者、文芸評論家、名探偵。和やかだった会は、御津島の一言をキッカケに、急激に雲行きが怪しくなる。「私は今夜、あるベストセラー作品が盗作であることを公表しようと思う」——御津島はこれから何をしようとしているのだろうか。そして、客人たちに動揺が広がった時、ついに事件は起きてしまった。
毒々しい血の色で書かれたメモ、書斎から消えたある客人の著作、抜かれたモジュラーケーブル、次の犯行を示す予告状……。次々と巻き起こる事件に、自分の身に危険が迫ってくるかのような胸のざわめきを感じずにはいられない。「本格推理小説の世界なら、このタイミングで招待客の一人が毒殺される——という感じかな」。思わせぶりな御津島の言葉にも、まるで自分も客人の一人であるかのように、思わず悲鳴をあげそうになり、次に何が起こるのかとハラハラさせられる。逃げ場がないというのは、こんなにも恐ろしいことなのか。今までだって、たくさんのミステリーを読んできたし、外部との接点が遮断された空間の中で繰り広げられる“クローズド・サークル“のミステリーを読んだことだって少なくはない。だが、この物語の、この怪しげな館の空気には、あっという間に飲み込まれてしまった。
客人たちがミステリー作家や編集者ばかりというのにも、妙なリアリティがある。「本当にこんな人物が実在するのでは」と邪推したくなってしまうのは私だけではないだろう。そして、あらゆる視点で描かれるこの物語では、それぞれの客人たちの思惑が見え隠れする。どの人物も怪しい。どの人物にも胸に一物ある。犯人はこの中にいるはずだが、それはどの人物なのか。クライマックスにかけて衝撃のどんでん返しが待ち構えている。
本書『そして誰かがいなくなる』は、そのタイトルの通り、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』のオマージュ作品でもある。幼い頃に読んだ『そして誰もいなくなった』を思い出すような展開は、その恐怖をさらに掻き立ててきた。予測不可能、奇想天外。ミステリーファンならば、間違いなくこの作品の虜になる。誰も脱出できなければ、新たな部外者も現れない、遊び心満載の洋館。思惑ひしめく下村邸に、あなたも是非とも迷いこんでほしい。
文=アサトーミナミ