室町時代から続く種麹メーカー当主が伝授! 味噌汁の温め方の誤解など、意外と知らない発酵食品の知識と活用法
公開日:2024/3/14
ここ最近、何度目かのブームになっている「麹(こうじ)」。十数年前の出始めのころは自分で作るしかなかった塩麹も、今や手軽にスーパーで買えるものとして定着している。麹を使った調味料は、まろやかで奥深い味わいを持ち、肉や魚を漬け込むとふっくらしっとりと仕上げてくれる非常に重宝する調味料だ。塩麹が登場して以降、世間での発酵食品への注目度が一気に上がったように思う。しかし、「発酵」についてどれだけ理解しているかと聞かれると、案外分からないことも多いのではなかろうか。
『ビジネスエリートが知っている 教養としての発酵』(村井裕一郎/あさ出版)は、身近なようでよく分からない「発酵」に焦点を当て、幅広く、かつ詳しく分かりやすく解説している本。著者は、室町時代から600年続く種麹メーカーの29代当主・村井裕一郎氏だ。タイトルに「ビジネスエリートが知っている」とある通り、日本と世界における発酵食品業界の実情、発酵の力をテクノロジーとして活用する動きなど業界の今を知ることができ、ビジネス書としても十分活用できる内容だが、身近な発酵食品を根本から知ることができるという意味でも非常に興味深い本だった。
発酵食品と聞くと、何となく味噌や醤油などの調味料や、酒、納豆、漬け物、チーズ、ヨーグルトなどを思い浮かべる。しかし実際には、パン類や鰹節、明太子、生ハム、ウーロン茶や紅茶など一部のお茶類、チョコレート、ナタデココなど、かなり幅広い食品が発酵の力で生み出されている。実は、日常の中で摂らない方が難しい食品なのだ。では、発酵とは具体的にどういう現象なのだろう?
「発酵」と「腐敗」は、人間の解釈で分けられたもの
本書によると、発酵食品とは「微生物の活動によって物質が変化すること」と定義できるそう。これだけ見ると「じゃあ腐敗との違いは?」と思ってしまうが、実は発酵と腐敗の違いは、人間にとって有益か否かという主観的なもの。行われている活動自体は同じで、人間や作り手の役に立てば発酵、役に立たなかったり害になったりすれば腐敗となる。つまり見る人次第ということらしい。
例えば、ヨーグルトを作りたいときに乳酸菌が湧けば発酵として扱われ、大腸菌など有害な微生物が湧いて食中毒になれば腐敗と扱われる。また、豆味噌を作りたいときに納豆菌の活動でネバネバしてしまうと腐敗(=失敗)だが、もしそれが納豆を作りたい人であったなら、この変化は発酵(=成功)となるわけだ。
「酵素が死ぬから味噌汁を温めてはいけない」は間違い!?
この発酵を理解するうえで重要なのが、「麹」「酵母」「酵素」の3つ。実は、これらはまったくの別ものらしい。まず「麹」は、米や麦、豆などにカビの一種である麹菌が生えたものを指す。そして「酵母」は発酵に使われる微生物そのもの、「酵素」は生き物の体内で生み出される、たんぱく質でできた物質であると書かれている。酵素は微生物等の生き物ではなく、微生物が物質を変化させるときに使う、ハサミのような役割をする道具なんだとか。これは知らなかった……!
そして食べ物の中にある酵素は、基本的に人間の体内で働くことはほぼないそう。肉や魚と同じように胃で消化されてしまうためだ。もし酵素が体内で働けば、内臓や血管が分解され、ドロドロに溶けてしまう。よく「発酵食品は生で食べなくては意味がない」「加熱すると酵素が死んでしまうから効果がなくなる」という話を耳にするが、実はこれは誤解。発酵食品そのものが、既に微生物が酵素の力で生み出した栄養の塊なのだ。だから味噌汁を作る際にも、安心して加熱してほしいと書かれている。
本書にはこのほかにも、こうした発酵食品に関する正しい知識、活用方法、知っておきたい日本と世界の発酵食品事情などがこれでもかというくらいに詳しく紹介されている。また巻末には、種麹を使用して麹を自作できる「麹のつくり方」も。味噌や醤油など調味料のほか、酒についてもかなり詳しく解説されているため、酒好きの人はより楽しめるだろう。
普段当たり前に摂取している発酵食品を理解し、深掘りして、より強い味方にしてはいかがだろう。ちなみに味噌汁が最もおいしくなるのは、香りがしっかり立つ75度前後らしい。筆者はとりあえず、本書に書かれている方法で味噌汁を堪能したいと思う。
文=月乃雫