少女ふたりが馬車型の宇宙船で星々をさすらう 期待のSFファンタジー×百合小説が開幕!
公開日:2024/3/15
慌ただしくも代わり映えのしない毎日を過ごしていると、日常に心が膿み、どこか遠いところへ行きたくなる瞬間がある。そんな人はぜひ『少女星間漂流記』(東崎惟子/電撃文庫/KADOKAWA)を手に取ってほしい。本を開くと、ふたりぼっちで広い宇宙を旅する少女の物語が鮮やかに立ち上がり、ここではない遠い銀河へと心が誘われる。
3月8日発売の『少女星間漂流記』は、『竜殺しのブリュンヒルド』で第28回電撃小説大賞《銀賞》を受賞してデビューした東崎惟子氏による待望の新シリーズだ。時は二十二世紀。戦争と環境汚染のために地球は死の星と化し、脱出した人々は安住の地を求めて宇宙を彷徨っている。
風変わりな科学者のリドリーと、彼女の相棒で内気だが高い戦闘能力をもつワタリは、馬車を模したクラシカルな宇宙船に乗ってふたりきりで旅をしながら次の住み家を探していた。リドリーとワタリが立ち寄る星は、信仰すれば望むものをすベて授けてくれる神がいる星や、運がいい人間ほど偉くてすべての物事が運比べで進められる星、人食いの怪物が謎かけをする星など、一筋縄ではいかない場所ばかり。第二の故郷を求めて、ふたりは今日も広い宇宙を旅するのだった――。
さまざまな星に降り立ち、そこで暮らす人々との束の間の出会いと別れを連作短編形式で綴る『少女星間漂流記』。かけがえのない相棒と一緒にめぐる楽しくも孤独なふたりの旅路は、常に危険と隣り合わせだ。だが正反対の能力を持ち合わせたリドリーとワタリは、それぞれの得意分野を生かしながらピンチを切り抜けていく。優れた頭脳と高いコミュニケーション能力、そして鋭い観察眼をもつリドリーが前面に立ち、人見知りで大人しそうな外見とは裏腹に、戦う時は一変して武闘派になるワタリが凄まじい戦闘能力で敵を撃退。ふたりがみせる絶妙のコンビネーションと互いへの信頼感、そして強い絆から愛へと深まりつつある感情は、本作の一番の読みどころといえるだろう。
『少女星間漂流記』は地球人とは異なる価値観や、生態をもつ別の星の生き物との接触にフォーカスしたSF小説としても面白い。当初は幸せに見えた情景も真実を知るとおぞましくて残酷で、やるせない結末を迎える場合も少なくない。だがその痛みは美しく昇華されており、寂しくも心地よいカタルシスが読者を包み込む。多種多様な星のなかでも、冬になると冬眠してしまう習性をもつ人々が暮らす「愛の星」と、美しく原始的な星で暮らす蔓型の人々との触れ合いを描いた「焔の星」は、ひときわ切ない余韻を残す作品だ。またかつての地球の姿やワタリの過去が明かされる「夏の星」も、胸を締め付けるような懐かしさと大きな喪失感に満ちていて印象深い。
各話はコンパクトにまとまっており、腰を据えて読書に専念する余裕がない人でも、ちょっとした空き時間をみつけて楽しめる作りに仕上がっているのが嬉しい。短い字数の中で強い引きと没入感が生まれ、読者は幻想的な世界とふたりの旅路に束の間酔いしれる。リドリーとワタリが無事安住の地にたどり着くことを期待しつつも、他方でふたりにはいつまでも素敵な旅を続けてほしいと願わずにはいられない。
文=嵯峨景子