朝日新聞社社長 政治の裏金問題が起きた今こそ読み返す“ジャーナリズムの原点”。創刊150年に向けて「新聞社としての自負」を語る【中村史郎・私の愛読書】

文芸・カルチャー

公開日:2024/3/27

中村史郎さん

 2024年1月25日、朝日新聞社は創刊145年を迎えた。インターネットの台頭により紙の新聞の在り方も大きな変化を迎える今日、朝日新聞社の舵取り役はどんな未来を描いているのだろうか。

 さまざまなジャンルで活躍する著名人たちに、お気に入りの一冊をご紹介いただく連載「私の愛読書」。今回は、朝日新聞社の代表取締役社長・中村史郎さんにご登場いただいた。

 朝日新聞社に入社後、政治部の記者として長く活躍してきた中村さん。紹介いただいた本は、政治の裏金問題や能登半島地震が起きた2024年だからこそ読みたいという、ジャーナリストとしての原点に立ち返らせたものだった。

(取材・文=金沢俊吾 撮影=金澤正平)

ジャーナリズムの原点『日航ジャンボ機墜落 朝日新聞の24時』

――「愛読書」を3冊選んでいただきました。本日はよろしくお願いいたします。

中村:私が朝日新聞社に入って40年近く過ごしてきて、自分の新聞社人生に大きな影響を与えた3冊を選びました。まず、手前味噌で恐縮なのですが朝日新聞社会部編『日航ジャンボ機墜落 朝日新聞の24時』です。3年前、社長に就任した際、社員向けの挨拶でもこの本を紹介しました。

日航ジャンボ機墜落 朝日新聞の24時
日航ジャンボ機墜落 朝日新聞の24時』(朝日新聞社会部:編/朝日新聞出版)

――どういった本かご紹介をお願いします。

中村:これは1985年、日航ジャンボ機の墜落事故が起きたあと、朝日新聞の社員がどこで何をしていたかということを描いたドキュメントです。いってみれば、横山秀夫さんの『クライマーズ・ハイ』の朝日新聞実録版みたいな本だと思います。

――人生に大きくかかわったということで、何度も読み返されるのでしょうか?

中村:はい。この時代はもちろん携帯電話もありませんし、取材環境も社会状況も、今日とはまったく違います。それでもこの本には、新聞記者、ジャーナリズムの原点みたいなところがふんだんに盛り込まれていると思っていて。自分が会社人生のなかで落ち込んだときとか、自信をなくしたときとか、たまに取り出してパラパラとページをめくると、不思議と力がわいてくるんですよね。

――読み返すことで新聞記者であることの誇りを取り戻す、みたいな感じでしょうか?

中村:まあ誇りというよりは、新聞社の果たすべき使命を思い出して気が引き締まる、みたいな感覚だと思います。

――時代が変わっても、この本が現代に通じるのはどういった点ですか?

中村:日航機墜落事故にしても、この事故に遭われた皆様の肉声は聞こえないわけです。それでも新聞社は、愚直に、徹底的に取材を重ねました。そうして少しでもファクトに近づこうとする姿勢がジャーナリズムの一番の基本です。それは時代が変わっても同じです。

 今、能登で大きな地震が起きて、記者たちも厳しい環境のなかで取材に当たっています。何が起きたのか、なぜ起きたのか、そこにかかわった人たちはどんな思いを抱いていたのか。これからどうなっていくのか。そういったことを、いかに広くかつ丹念に拾い上げて記録して、後世に役立てるか。それが報道の役割であることを思い起こさせてくれるのが、この本なんです。

中村史郎さん

コタツ記事では絶対にたどり着けないもの

――朝日新聞のようなメディアが取材を重ねる一方で、インターネットには「コタツ記事」といわれる、取材もせず書かれたものが多く存在します。そういったものに対してはどう思われますか?

中村:それはいまの時代、とても重要な話で、私たちが常に考えているのは「ニュースはタダではない」ということなんです。ニュースとして伝えるべきファクト、事実や真実と言われるものは決してデスクに座っていて手に入るものじゃないはずです。時間も労力も、物凄くかかります。コタツ記事では絶対にたどり着けない「報道」を自分たちはやっているという自負はあります。

――無料ではない、というのは本当に仰る通りだと思う一方で、ほとんどのニュースはインターネットを通じて無料でみることができます。コタツ記事と、取材を重ねた新聞社の記事も区別せずに読んでいる人も多いのではないでしょうか。

中村:その通りですね。どれが確かな情報で、どれがそうでない、あやふやな情報なのか。情報の海に溺れてしまうと、陰謀論やフェイクニュースとの見分けがだんだんつかなくなってくる。だから、ネットで情報を得るときも、そのニュースの発信源がどこなのか確かめてほしいなと思います。私たちはネット上では「朝日新聞デジタル」を中心に情報発信をしていますが、新聞社やテレビ局、出版社などであれば、それぞれの特性やカラーはあるにせよ、確かな取材をした上で報道しているので。

――朝日新聞はデジタル版も展開されているなかで、紙の新聞の立ち位置はどのようにお考えでしょうか?

中村:朝日新聞だけではなく、新聞業界全体が直面している状況は、けっして容易ではありません。総務省の調査では、10代、20代の人が1日に新聞を読む時間は平均で1分にも満たないですね。

 それでも「どの媒体が信頼できるか」を尋ねると、10代、20代でも新聞の比率が飛躍的に高まります。つまり、普段は新聞を読まない人でも「新聞は確かな情報を得られる」という感覚を持っている。信頼度があるうちに、我々新聞社が持つ媒体や情報発信力の価値を再認識してもらわなければならないと考えています。

中村史郎さん

朝日新聞社創刊150年に向けて

――先日、朝日新聞社は創刊145年を迎えて、150年に向けてのパーパスを発表されました。「つながれば、見えてくる。ひと、想い、情報に光をあて、結ぶ。ひとりひとりが希望を持てる未来をめざして。」というものですが、ここまで話していただいた「報道」よりも広い視点を持たれているように感じました。

中村:新聞社にとって報道や言論がもっとも大切であることは間違いありません。ですが、もはや新聞社がそれだけをやっていればいい時代ではなくなってきました。

 よりよい生活を送るためのお役立ち情報をお届けしたり、展覧会やフォーラムといったリアルイベントを開催したり。私たちが持っている「情報を伝える」機能を活かして、人と人、人と社会、人と歴史をつなぐ。皆さんの未来を良いものにするお手伝いができればと思っています。

パーパス

――なぜパーパスという形でメッセージを発信したのでしょうか?

中村:パーパス経営を日本に紹介した第一人者と言われている経営学者の名和高司さんに当社の監査役をお願いしているのですが、その名和さんが常々「パーパス経営とは志本主義だ」と仰っています。つまり、「自分たちは何をしたいのか。何ができるのか。自分たちが持つ中核資産を使って本気で何かを変えようという強い思いがパーパス(志)であり、それに基づく経済が『志本主義』だ」というのです。

 新聞は「民主主義のインフラ」と言われます。朝日新聞社はそもそも社会的な使命を負う、公共的な役割が非常に大きい企業だと思っています。企業として大きな節目である5年後の創刊150年に向けて、私たちの使命感を「パーパス」という形で発信したいと考えました。