朝日新聞社社長 政治の裏金問題が起きた今こそ読み返す“ジャーナリズムの原点”。創刊150年に向けて「新聞社としての自負」を語る【中村史郎・私の愛読書】
公開日:2024/3/27
現在の政治状況にも通じる『戦後保守政治の軌跡』
――それでは、2冊目をお願い致します。
中村:『戦後保守政治の軌跡』です。朝日新聞OBの記者・後藤基夫さん、共同通信の政治記者だった内田健三さん、それから朝日新聞OBの石川真澄さんによる戦後政治を振り返った座談会です。
――1982年発売の本ですが、いつ頃読まれたのですか?
中村:私が20代で政治部の記者になった頃、先輩から「政治記者の必読書だ」と、勧められて読みました。
――こちらも『日航ジャンボ機墜落』同様、読み返されているのでしょうか?
中村:政治記者のころは時折読み返すこともありましたが、今回これが頭に浮かんだのは、いま起こっている自民党の裏金問題からです。そもそも「派閥がどのように生まれてきたのか」「なぜ政治に金がかかるようになったのか」ということが、戦後政治史の中で語られているんです。
――今まさに読む意義を感じられたのですね。
中村:そうですね。今日の政治状況を語るとき、30年前の政治改革とよく比較されます。リクルート事件後も「政治とカネ」の問題が相次ぎ、社会は大変な政治不信に陥りました。それを受けて、中選挙区制から小選挙区比例代表並立制への選挙制度変更、政党助成金の導入などの政治改革が起きる。本が扱っているのは1980年代初めの鈴木善幸内閣までですが、文庫版では石川真澄さんが政治改革論争を含む90年代までの政治状況を補っています。なかなか手に入りにくい本だとは思いますけれども、今の政治状況を考えるうえでも、非常に参考になる本だと思います。
――後藤基夫さんは政界に通じて情報をたくさん持っていながら「書かざる大記者」として一目置かれていたそうですね。そういった記者の在り方にも影響を受けたのでしょうか?
中村:後藤さんは伝説の記者なので、直接は存じ上げません。ただ、後藤さんたちが活躍していた時代と今日では、政治の状況も社会環境も取材の環境も違うのでなんとも言えませんが、今そのようなスタイルの記者がいたら「知っているなら、何で書かないんだ」と言われるかもしれませんね。
――なるほど(笑)。
中村:ただ、昔は政治家と政治記者の距離が近くて、いわば政治家の参謀役みたいなことを裏で務めていた記者もいました。「おまえにだけ教えてやる。絶対書くなよ」と言われて実際に書かないことで、裏事情を知る記者として存在感を高めていく。そういう政治報道、政治取材の在り方がかつてはあったということですね。
心のデトックス 浅田次郎『蒼穹の昴』
――最後にもう1冊ご紹介いただけますか。
中村:浅田次郎さんの『蒼穹の昴』です。小説や漫画も好きで、朝日新聞社が主催している手塚治虫文化賞の受賞作品にも目を通しています。漫画も選びたかったんですけど…好きな作品が多くて選べなかったんです(笑)。最近では『鬼滅の刃』を全部読みましたけど、おもしろかったですねえ。
――好きな作品がたくさんあるなかで、本作を選んだ理由を教えてください。
中村:清朝時代の中国を舞台にした歴史小説です。私はもともと中国という国には縁がほとんどなかったんです。それが、たまたま会社から命じられて中国語を学ぶために留学し、その後、北京の特派員を務めました。当たり前ですけど、中国に住んで中国について学ぶようになると、中国への関心が高まる、歴史にも興味がわくし、知らなければならなくなる。
――そこで中国の歴史への興味を持たれたわけですね。
中村:舞台は清朝末期ですが、北京の街を歩いていても「ここがあのシーンの舞台になったんだな」とか想像できます。そうするとやっぱり楽しいですよね。もちろんそんな経験がなかったとしても、純粋にエンターテインメントとして抜群におもしろい小説だと思っています。続きのシリーズも読みました。
――浅田次郎さんは『蒼穹の昴』シリーズ以外も読みますか?
中村:そうですね。僕にとって、浅田次郎さん、あと重松清さんは「心のデトックス」というか、精神的に疲れたときに読むと非常に癒やされるんです。浅田次郎さんだったら『地下鉄(メトロ)に乗って』や『プリズンホテル』が好きですね。
若いうちにたくさんの作品に出会ってほしい
――長年新聞社に勤めてこられて、余暇でも小説を読まれて。文字に囲まれた生活ですね。
中村:まあ近頃は仕事で読まなきゃいけないものが多くて、ここ数年は家に帰ったら活字から離れたいような気分です(笑)。気晴らしとか気分転換っていう意味だと、映画を観に行ったり出かけたりするほうが多いかもしれません。
――本をよく読まれたのは、社会人生活でいうと若手~中堅の頃でしょうか?
中村:けっして読書家ではなかったですが、20代の学生時代、30~40代ぐらいの働き盛りの頃に読んだ本が今も印象に深く残っているような気がします。若くて感性が柔らかい頃に読んだもののほうが、やっぱりインパクトが大きかった。
もう人間としてもだいぶくたびれてきているので、例えば若い頃に読んで「本当に感動した! 魂が震えた!」という作品を、今読んで同じように感じられるかどうかは、ちょっと自信がないです。
――読書に限らず、若いうちに様々な作品と出会うことは大切だと思われますか?
中村:それはすごく大切だと思います。人生経験を積んでいくと「世の中ってこういうもんだ」「それは大体こういうふうにできている」みたいなことを、わかったような気になってくる。実際にわかっているかどうかはともかく、どうしても感受性が鈍くなる。
――慣れてしまうというか、感動しにくくなるというのはわかる気がします。
中村:わかった気になる前に、そういったものにちゃんと接するのはすごく大切なはずです。別にどんな分野でもいいんですよ。昔は「漫画なんか読まずに勉強しろ」と言われたけど、今では立派なカルチャーですよね。世の中の評価なんか気にせず、とにかく若いうちになんでも味わってみることで、きっと人生が豊かになるんじゃないでしょうか。
<第43回に続く>