ガザ地区では、いま何が起きているのか? イスラエルの攻撃開始から約40日で緊急出版された、紛争地域の過去から現在をひもとく1冊

文芸・カルチャー

公開日:2024/4/1

ガザとは何か~パレスチナを知るための緊急講義
ガザとは何か~パレスチナを知るための緊急講義』(岡 真理/大和書房)

 国連安保理の停戦決議案も米国の拒否権行使で否決され、今も続いているガザ地区へのイスラエルの軍事作戦。

 そこでジェノサイド(集団殺害)が行われていることを批判する声は世界中で強まっているが、イスラエル側は強く反発。逆に、イスラム組織ハマースの残虐行為などを主張している。

 そうした主張が両論併記のように報じられるため、ニュースでこの問題を眺めている人には、「イスラエル側は本当に酷いことをしているけど、何が真実だかよく分からない」と感じている人も多いだろう。また「パレスチナ問題には複雑な歴史がある」と知っていても、具体的な史実の流れは把握できていない人も多いはずだ。

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 そんな人にぜひ読んでもらいたい本が『ガザとは何か~パレスチナを知るための緊急講義』(岡 真理/大和書房)だ。著者はパレスチナ問題と現代アラブ文学が専門の研究者。攻撃開始から2週間後に早稲田大学、京都大学で行った講演を加筆修正し、約40日の制作期間で緊急出版されたものだ。

歴史的文脈に触れない報道は「ジェノサイドへの加担」と同じ

 本書を読んでまず深く納得したのは、日本のテレビをはじめとした主要メディアの報道への批判だ。著者は「今日的、中期的、長期的な歴史的文脈を捨象した報道をすることによって、今起きているジェノサイドにも加担していると言えます」と書いている。

 その歴史的文脈は本書で丁寧に紹介されているが、中でもまず踏まえるべきは、1948年のイスラエル建国に前後した下記のような歴史的事実だろう。

・イスラエルという国家は、1947年の国連総会の「パレスチナ分割決議」によって誕生した
・その分割決議案によって、数%の土地しか持っていなかったユダヤ人に、パレスチナの半分以上の土地が与えられた
・イスラエル建国に前後し、イスラエルによるパレスチナ人の民族浄化(虐殺・迫害・追放)が各地で行われ、多くの人が難民化した

 こうした事実を踏まえると、国連が十分な機能を果たせず、地域に暮らすアラブの人々の人権が国際社会に蔑ろにされた状態にある……という状況は今に始まったことではないと理解できる。その状況は75年以上前から継続しているのだ。

 さらに遡った歴史的文脈として、

・パレスチナ分割の以前、この地域は実質的にイギリスの植民地だった
・ナチス・ドイツのホロコーストで第二次大戦後のヨーロッパでは約25万人のユダヤ人難民が生まれており、国連がその解決策としてシオニズムを利用する形で、パレスチナ分割が行われた

 といった実情も本書で学べば、大きな歴史的な流れがより見えやすくなるはずだ。なおシオニズムとは、パレスチナにユダヤ人の民族的拠点を設置しようとする思想・運動のことだ。

 その大きな歴史的な流れとは、「アラブ人が暮らす土地を西欧列強が植民地支配してきたこと」「イスラエル建国は、その植民地主義の流れを汲んだものであること」「国際連合もその流れに与し続けてきたこと」だ。

 こうした点を踏まえると、人権意識が高いはずの西欧諸国にイスラエル寄りの姿勢が目立ったことも理解できる。この問題は突発的に起こった地域紛争などでは決してなく、著者の言葉を借りれば「ヨーロッパ・キリスト教社会の歴史的な宿痾(しゅくあ)」が具現化したものといえるのだ。

国際法や歴史、人権の軽視に抗い、「人間の側に踏みとどまる」

 本書では、ガザのパレスチナ人権センター代表のラジ・スラーニ弁護士の「とにかくパレスチナに国際法を適用してほしい、それだけでいいんだ」という言葉も非常に重いものだと感じた。

今回のイスラエルによる攻撃で、多くの子どもを含めて2万人以上の死者が出ているガザ地区は、そもそも1967年の第三次中東戦争でイスラエルが占領した場所。国際法上は認められない場所まで、イスラエルが占領した地域なのだ。

 そして被占領者が占領と戦うことは、武装闘争も含めて、国際法的には正当な抵抗権の行使だと認められている。

 著者はこうした状況を度外視して、「暴力の連鎖」「憎しみの連鎖」といった言葉を使うメディアも厳しく批判する。

 歴史的文脈も、国際法も無視し、こうした言葉を使うことは、「どっちもどっち」という冷笑的な判断保留と紙一重だ。そして、「イスラエルが悪いのは分かるが、ハマースの側からでも不幸な連鎖を止めるべきだ」という意見は、国際法や基本的人権を無視したイスラエルの行動に与するものだと理解すべきだろう。

 こうした声が出てきてしまう状況は、ロシアのウクライナ侵攻に対して「ロシアが悪いけどウクライナ側も停戦に応じるべきだ」という意見と同種のものだと感じる。そして法律や歴史、人権を軽視し、メディアを利用した情報戦で物事を有利に進めようとする姿勢は、イスラエルやロシアに限らず、近年の国内の政治でもよく見られるものだ。

 人文学の一つである文学を研究する著者は、人文学とは英語でヒューマニティーズ(humanities)であり、「ヒューマニティこそが、私たちの武器です」「人間の側に、踏みとどまりましょう」と本書で書いている。そして歴史もヒューマニティーズの一つであることに触れ、ここ日本でも「学問の否定」「人文学知の否定」「ヒューマニティの否定」といえる事態が起きていることを訴えている。

 人間の側に踏みとどまるために、自分は何をすべきか。自分は本当の意味で歴史を学べているのか。今を生きる人間として、歴史を教訓とできているのか――。そうやって現代社会の諸問題を“自分ごと”として考え、自分にできる行動を考えるうえでも、本書は貴重な視座を与えてくれる。

文=古澤誠一郎