「ベストオブけんご大賞」にもなった青春ミステリーの文庫版。人気作家の訃報を受け、作品をなぞった集団生活をする7人を襲った事件とは?

文芸・カルチャー

PR 公開日:2024/3/20

死にたがりの君に贈る物語
死にたがりの君に贈る物語』(綾崎隼/ポプラ社)

 SNSに飛び交う膨大な罵詈雑言は鋭利な「刃」となり、時に人の命をも奪ってしまう――悲しいことだが、私たちはこんな悲しい現実をもう何度も見てきてしまった。悲劇が起きるたびに「もうやめよう」と議論は起こるけれど、それでもやっぱり、一度火がついてしまうと嵐をなかなか止めることは難しい…。2021年に刊行され大きな話題となった『死にたがりの君に贈る物語』(綾崎隼/ポプラ社)は、まさにそうしたSNSの炎上が招いた「絶望」から始まる痛切な青春ミステリーだ。

 刊行当時からSNSを中心に大きな話題となり(こうしたプラスの側面こそSNSの最大の利点だろう)、発売直後に重版を重ねた本作は、小説紹介クリエイター・けんご氏による「TikTok」紹介動画でも大きな注目を集め、「ベストオブけんご大賞」も受賞した。今年の1月にはNHK FM「青春アドベンチャー」でオーディオドラマ(ラジオドラマ)化もされ、今も根強い人気を誇っている。そんな『死にたがりの君に贈る物語』が、このほど文庫版で登場。SNSによってボロボロにされた作家の訃報が届く――そんな残酷な物語の出発点は、皮肉なことに刊行当時よりさらに私たちの「現実」とリンクし、その悲痛な苦しみがよりリアルに理解できてしまう。

 超人気シリーズ『Swallowtail Waltz』の完結目前に、全国に熱狂的なファンを持つ覆面小説家・ミマサカリオリの訃報が告げられた。最終巻の結末に納得のいかない世間からの大ブーイングが作家を苦しめ、完結編の登場が無期限延期となっていた状況があっただけに、その訃報はファンに大きな悲しみを生み、ミマサカに心酔していた16歳の少女・純恋が後追い自殺を図ってしまうほどだった。その後、とある山中の廃校に純恋を含む7人の男女が集まることになる。いずれも『Swallowtail Waltz』の熱心なファンである彼らは、ミマサカの小説をなぞって廃校で集団生活をすることで、未完となった作品の結末を探ろうとするのだ。自給自足を極力目指す半サバイバルな日々にもなんとか慣れてきたある日、彼らの間に思いもよらない「事件」が起きて――。

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 事件をきっかけに次第に7人の間には不信感が芽生え、それがやがて最悪の結末へと繋がっていく。不可解な「謎」が連続した後に待ち受けるのは大どんでん返し――こうしたミステリーの醍醐味をきっちり味わえるのも、おそらく本書が支持される理由の一つ。登場人物はいずれも純粋なミマサカファンの「普通の人」なはずなのに、人里離れた廃村の中の廃校という舞台装置の力も相まって、次第に誰もが「ワケあり」に見えてくるのも面白い。

 とはいえ、なんといっても心に残るのは、心の奥底に抱えた「闇」をやっとの思いで曝け出し、もがき続ける孤独な魂の叫びに他ならない。そしてその悲痛な声は、たった一人であっても伝わる「誰か」がいてくれることで「救い」を見出す。実はこの物語は作者の綾崎さん自身の根源的な問いかけとも読むことができ、「作家」という存在が抱えるどうしようもない「孤独」を知るという意味でも興味深い作品だろう。長い物語を潜り抜けた先に待つラストには思わず涙。といっても少し爽やかなその涙は、きっと前に進む勇気をくれるはずだ。

文=荒井理恵

死にたがりの君に贈る物語