俳優・小林聡美の愛読書は〈猫が作った俳句〉。俳句と絵がセットになるとより世界観が深まる【私の愛読書】
公開日:2024/4/5
さまざまなジャンルで活躍する著名人たちに、お気に入りの一冊をご紹介いただく連載「私の愛読書」。この度ご登場いただくのは、自然体が素敵な個性派俳優の小林聡美さん。このほど出されたエッセイ『茶柱の立つところ』(文藝春秋)には、50代後半となった小林さんの等身大の魅力が溢れている。そんな小林さんにとっての「愛読書」は、南伸坊さんによる猫目線の俳句絵本『ねこはい(角川文庫)』(KADOKAWA)とのこと。「猫」と「俳句」という小林さんの「好きなもの」が詰まったハイブリッドな一冊にはどんな魅力があるのだろう?
「あ、これでいいんだ」って肩の力が抜ける本
――『ねこはい』には、いつ頃出会われたんですか?
小林聡美さん(以下、小林):単行本(初出は青林工藝社刊)で出た時ですね。確か俳句を始めたばかりの頃で、「俳句って難しいし、大変」って思っている時にこの本を見つけて「あ、これでいいんだ」って肩の力が抜けました。「猫が作った俳句」ってことになっているんですが、ふざけているようでよく味わうとほんとにいい句ばかり。絵もすごく愛らしくて、俳句だけだと伝わりにくい情景も絵と一緒になることで世界観も深まる。どこか禅画のような余白ありありなところが好きですね。
――猫のおやじくささもイイですね。
小林:ブサイクな猫が本当にかわいくてねー。猫って本当にこういうこと考えてるのかもって思いますね。
――どんな時に読まれるんですか?
小林:今も句会をやっているんですが、やっぱり初めの頃のようなモチベーションを維持するのって難しいんですよね。「あーどうしようかな」ってなった時にパラパラすると「難しく考えなくていいし、こういう感じでいいんだよな」って気が楽になる。
――ちなみに俳句はどんなところがお好きなんですか?
小林:自分の見た景色や感じたことを、短い言葉で収めるというルール。なんか写真とも似ていて。写真も子供の頃から撮るのが好きなんですけど、それに似た切り取り方ができるのがいいなと思いますね。同じものを見ても人によって捉え方が違うという視点の多様性も面白いし、あとはやっぱり句会が楽しいんですよね。俳句を作るだけだったら続かないけど、句会でみんなで遊ぶっていうのが楽しみなんです。
台本が「物語」なので、好きで読むのはエッセイ
――本はいつもどのくらい読まれるんですか?
小林:本は好きですけど、読むのはそんなに早くないです。台本読んで覚えなきゃならないことがあるなど頭が切り替わらない時は、それこそ『ねこはい』みたいなちょっとゆるむようなものをお風呂に入った時に読む感じです。ただし『ねこはい』は濡らしたくないのでお風呂で読みませんけど。
――好きな作家はいますか?
小林:仕事の台本自体が「物語」という感じなので、エッセイを読むことが多いですね。幸田文さんとか、あとは横尾忠則さんも。横尾さんってすごくカリスマな感じですけど、エッセイには「自分で選んだことはひとつもない。流され流されやってきた」みたいに書かれていて、「横尾さんこんな感じなんだ」って親近感が。「創作」ということに関しては共感できる部分もあるし意外性もあるし。そういうのを読んでいると、人のイメージって面白いなって思いますね。
――著名な方の意外な面を知るのもエッセイの楽しみですもんね。
小林:ええ。あと自分の知らない世界――もう亡くなった方の考えていたこととか、その時代の暮らしとか、自分の親からは聞けなかったようなこととか、そういうのを知るのも面白いですね。幸田さんはまさにそれで。今の私と同じくらいの年齢で書かれてたりするんですけど、「どうしたらこんなに大人になれるんだろう…」と思ったり。
――小林さんもエッセイを書かれていますが、「俳優」の仕事と「書く」仕事は連続しているんですか?
小林:私の場合はまったく違う部分のほうが大きいと思います。いちおう俳優である「小林聡美」が書いているので、読者の皆さんは私の姿形や、やってきた仕事も知っていて、なんとなくイメージもあるだろうとは思うんですが、私にとって俳優の仕事は「みんなとやる仕事」。現場ではあまり自分の考えや意見を主張するっていうことはないんですが、一方で書く仕事は、自分の思っていることとかを割と気兼ねなく出せるところかなって。
――俳優さんによっては、仕事の現場の「私」を強く打ち出される方もいますが、ご自身はそうではないわけですね。
小林:エッセイでは俳優の仕事のことはなるべく書きたくないんです。渥美清さんとか、山田五十鈴さんとかなら「知りたい!」って思うかもしれませんけど、きっと私のことは別に…。たとえば岸田今日子さんも仕事のことをときどき書いてらっしゃるけど、ご自分の暮らしのことを書いているもののほうにぐっと惹かれます。
――読みたい人もいると思いますが、でもご自身はそれを書く人ではないわけですよね。
小林:そうですね。あと基本的に「誰も読まない。誰も読まない」って書いているんです。読み手を意識すると、なんかカッコつけたり気を遣ったりしそうで、「誰も読まない」って半分ヤケクソになって書く、みたいなスタンスです(笑)。
――俳優の「小林聡美」と本人が別人格なんですね。
小林:そうですね。「小林聡美さん」というのが(手で人型を作りながら)こうやって別にいて。もちろんそれは私でもあるんですけど、「小林聡美さん」というのは別に出来上がっているというか。だからさっき新刊を手に持って写真を撮りましたけど、内心「どういう気持ちでカメラの前に立てばいいんだろう」って思っていたんです。本がない場合は「小林聡美さん」なんですけど、そうじゃない自分が書いたものを持つとなんかぞわーって(笑)。
――裸の自分みたいな感覚なんでしょうか?
小林:なんだろう。「小林聡美さん」が、自分の違う世界を提供してしまっている、みたいな。
――そんな落差があるんですね…でもそれを知ると小林さんのエッセイをさらに別の角度で味わえそうな気がしてきました。今日はありがとうございました。
取材・文=荒井理恵、撮影=後藤利江
ヘアメイク=福沢京子、スタイリング=藤谷のりこ
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