芸人・漫画家 矢部太郎にとって本は「友達以上の存在で、人生の教科書」。矢部さんの愛読書3冊とは〈インタビュー〉
公開日:2024/3/31
さまざまな分野で活躍する著名人に、お気に入りの本を紹介していただくインタビュー連載「私の愛読書」。今回お話を伺ったのは、芸人、俳優、マンガ家、イラストレーターなど幅広いジャンルで活躍し、3月にコミックエッセイ『プレゼントでできている』を上梓したばかりの矢部太郎さん。本好きとしても知られる矢部さん、いったいどんな本を選ばれたのでしょうか。
最近好きな2冊の本
――読書家の矢部さんですが、ご紹介いただける愛読書はなんでしょう?
矢部太郎さん(以下、矢部):最近読んだ本なのですが、齋藤陽道さんというろう者のカメラマンさんの書かれた『育児まんが日記 せかいはことば』と『よっちぼっち 家族四人の四つの人生』です。齋藤さんは奥さまもろう者で、お子さんは聴者です。そうしたなかで斉藤さんが子育てをされて日々気づいたこと、心に浮かんだことを書かれたのが、こちらの2冊です。その時々の気持ちが書かれている言葉がとても美しいんです。
――この2冊はどうやって見つけました?
矢部:熊本の橙書店という本屋さんへ行ったときに出会いました。齋藤さんが熊本在住の方なので平置きにされていたのだと思います。お店に入ってすぐのところにあって、手に取りました。そういえば最近『よっちぼっち』は熊日文学賞を受賞されてましたね。
――齋藤さんは1983年生まれの写真家、文筆家、漫画家で、妻のまなみさん、御子息のいつきさんとほとりさんの4人家族で『よっちぼっち』なんですね。昨年3人目のお子さんのあまみさんが生まれて、今は5人家族です。
矢部:『せかいはことば』は漫画なんですけど、手話が絵で描かれていてるから動きが見えて、漫画の意味が本当にあって、すごいいいなと思いました。親子は手話で会話しているんだけど、2人の子どもたちは音声としての日本語を学びだして、いずれ親とは違う人生を歩む──そういう自立した個別の人生があるってことを尊重して描いているんです。「ひとりぼっち」がよっつで「よっちぼっち」ですね。しかも斉藤さんはお子さんを「ちゃん」や呼び捨てじゃなくて、名前に「さん」付けでいつきさん、ほとりさんと書かれていて、齋藤さんは家族を個人としてすごく尊重しているんだな、そういうところもすごくいいなって思いました。
――子どもたちが手話での会話を通じて、やがて“音”としての言葉を見つけ、だんだんと成長していく過程が描かれていますよね。
矢部:この本を読むまで僕は日本手話が、日本語と全く違う言語であるということも知りませんでした。手話の単語をひとつひとつ獲得していくお子さんを見て、ひとつひとつの言葉と、もう一度、新たに斉藤さんが出会い感動する描写に胸を打たれます。
この本を読んだのがちょうど『プレゼントでできている』を描いている頃で、言語の習得というのも親からのプレゼントなんだなって思ったんです。それでもう20年以上前ですけど、『進ぬ!電波少年』っていう番組の企画で、モンゴルやアフリカなど様々な国の言語を習得して、その言葉でお笑いのステージをやって、現地の人を笑わせられるかというのをやったんですけど、現地のご家族と一緒に住んで、付き合う中で知らない言葉を教わったことを思い出したりしたんです。それもあって『プレゼントでできている』でもそのことを描いたんです。
世界がこういう感じだったらいいなと思う本
――矢部さんはどのくらいの頻度で書店へ行かれます?
矢部:外出したらだいたい行く、って感じですかね。旅先でもよく入りますよ。さっきの熊本だと長崎次郎書店にも行きました。村上春樹さんのサインがありましたよ。
――村上さんのサインといえば、矢部さんも『騎士団長殺し』のときに「『騎士団長殺し』と僕」という漫画を描いて、お礼に村上さんからサインをいただいたそうですね?
矢部:そうなんですよ、貴重品です! しかも僕の名前入りじゃないから、ものすごく生活に困ったら……売ろうかな(笑)。もちろん冗談ですが、ありがたいですねぇ~。村上さん、そこまで考えてくださったのかな?
――そんなワケないじゃないですか!(笑)
矢部:あはは、違いますか(笑)。
――ところで矢部さんはエーリッヒ・ケストナーの児童小説『飛ぶ教室』が大好きだとあちこちのインタビューでお話しされていますけど、どんなところがお好きなんですか?
矢部:そうですね、めちゃめちゃ読んでると思います。一番読み返しているかもしれません。そういう意味では、愛読書ですね。最初は小さい頃に読んだんですけど、『飛ぶ教室』ってまえがきが2つあるんですよね。
――クリスマスの物語を書きなさいと母親から言われるところから始まって、旅先で日々どんな仕事ぶりなのかを書く「その一」と、本編に登場する男の子ジョーニーの身の上話を、読者の子どもたちに語りかける内容の「その二」がありますね。
矢部:あのまえがきがすごい好きなんです。まえがきが2つあるっていうのがおしゃれですよね。しかも内容が、子ども向けの本を読んだんだけどそこに「子どもはいつも陽気で楽しいものだ」と書いてあって、このいんちきな著者は何もわかっちゃいない、と。他にも勇気と賢さについての話などが書いてありました。それを読んで「この人が書く本、信頼できる!」と思ったんです。
――その部分、ちょっと引用しますね。
だからいうのです。へこたれるな、不死身になれ、と。わかりましたね。いちばんかんじんなこのことさえわきまえていれば、勝負はもう半分きまったようなものです。なぜなら、そういう人は、ちょっとぐらいパンチをくらったところで、おちついたもので、いちばんかんじんなあの二つの性質、つまり勇気と、かしこさをしめすことができるからです。わたしがつぎにいうことを、みなさんは、よくよくおぼえておいてください。
かしこさをともなわない勇気はらんぼうであり、勇気をともなわないかしこさなどはくそにもなりません! 世界の歴史には、おろかな連中が勇気をもち、かしこい人たちが臆病だったような時代がいくらもあります。これは、正しいことではありませんでした。勇気のある人たちがかしこく、かしこい人たちが勇気をもったときにはじめて──いままではしばしばまちがって考えられてきましたが──人類の進歩というものが認められるようになるでしょう。
(『飛ぶ教室』エーリッヒ・ケストナー:著、山口四郎:訳/講談社文庫)
矢部:ケストナーが『飛ぶ教室』を書いたのが、ちょうどナチス・ドイツが覇権を広げている時代で、児童書だったら出版できた、というのがあったんですよね。そういうことも含めて誠実な内容だし、著者の方が見えるというか。このまえがきが、やっぱり特別に好きですね。
本は友達以上の存在で、人生の教科書
――1933年に発表された『飛ぶ教室』は、ドイツのキルヒベルクにある寄宿学校(ギムナジウム)の同級生5人と、舎監のヨハン・ベク先生(正義先生)と「禁煙さん」と呼ばれる男性が出てくる、クリスマスの時期を舞台にした物語です。
矢部:タイトルもむちゃくちゃかっこいいですよね。「これなんだろう? 読んでみよう!」と思いますよね。実際は、生徒たちがやるクリスマス劇のタイトルなんですけど(笑)。そういえば昔「週刊少年ジャンプ」で連載していた、ひらまつつとむさんの同名SF漫画『飛ぶ教室』という漫画も好きでしたね。急に核戦争になって、小学生たちが生き残るという核の冬の話で。ずっと絶版だったんですけど、最近復刻されてました。楳図かずおさんの『漂流教室』の核の冬版のようなお話でした。そういえば『飛ぶ教室』の「飛ぶ」も原題では「漂流する、漂う」という意味の方だそうですね。
――『飛ぶ教室』には文才のある孤児のジョーニー、家が貧乏だけど正義感の強い真面目なマルチン、ボクサーになることが夢の腕っぷしの強いマチアス、貴族の出だけれど気の弱いウリー、読書家のゼバスチアンの5人の少年が出てきますが、思い入れのあるキャラクターは?
矢部:僕はちっちゃい頃そんなに裕福じゃなかったんで、マルチンがお金がなくて、クリスマスのお休みに実家に帰れない、と悩んでいるところの話がすごい感動しました。大人になってから読み返すと、正義先生と禁煙さんの友情もいい話なんですよね。だから何回読んでも面白いです。なんかこう、世界がこういう感じだったらいいなぁと思う作品ですね。
――マルチンのお話はネタバレになってしまうので、興味のある方はぜひ『飛ぶ教室』をお読みください。以前お話を伺ったとき、お父様で絵本作家のやべみつのりさんは、本は好きなものを買っていいよと言ってくれていたとお話しされていましたが、小さい頃から読書をしてきた矢部さんにとって、本はどういう存在ですか?
矢部:一人でいるとすごい孤独に見えるけど、本を持っているだけで「自分で選んだ孤独」みたいになるんですよ! しかもその本を開けば読める、なんて(笑)。僕は誰とでもすぐに打ち解けて話せるタイプではなくて、でも本の話についてなら人としゃべれるところが結構あるから、人と繋がるための存在になっているのかな。そう考えると本はいろんなこと教えてくれる友達以上の存在で、人生の教科書みたいなものですかね。
取材・文=成田全(ナリタタモツ) 撮影=後藤利江