2024年SF海外版1位 ブラックユーモア満点のロボット小説。人間たちが生来持っていてロボットにはないもの、それは「罪」!?
PR 公開日:2024/3/23
毎年SFファンが答え合わせのように楽しみにしている国内外のSF小説年間ベストを決める雑誌『SFが読みたい!』2024年版で【海外篇】第1位が発表されたとき、多くのSF小説ファンがザワついた。
その作品とはジョン・スラデックの『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク(竹書房文庫)』(鯨井久志:訳/竹書房)である。
家事から労働まで使役するロボットが社会で当たり前に存在している世界。ロボットたちにはロボット三原則を遵守させる「アシモフ回路」が組み込まれ人間に危害を加えないようになっていたが、ある家庭で家事全般を担っていたロボットの“チク・タク”にはなぜかこの回路が作動せずに、実験と称して密かに人間たちを殺害していく。しかしロボットなのに絵を描くことができたチク・タクは、その珍しさから人間たちから関心を持たれ、社会的にも持ち上げられてゆくのであった。
本作は今年の『SFが読みたい!』の海外篇1位でありながら、その原書発表は1983年とかなり昔の作品である。著者ジョン・スラデックも知る人ぞ知る作家であるものの、まさか今年のベスト1位になるとは思いも寄らなかったはずである。しかし本作を読めば、その物語がまるで最近書かれたかのように現代的なSF小説なのに驚き、ベスト1に選ばれるのも納得なのである。
主人公のロボット“チク・タク”は、アメリカ南部の富豪から始まり、6人の所有者を渡り歩き、最後のオーナーであるスチュード・ベーカー夫妻のもとで才能(?)を開花させ、金銭的にも人間から独立し自由ロボットとなる。物語の表層だけ見れば、アメリカの黒人奴隷制度を風刺した物語ではあるが、チク・タクの実験と称する行動により、本作はアート界や医療制度、司法から政治まで、全方位にブラックな笑いを読者に届けてくれる。そう、この小説はコメディなのである。
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りではない。
第三条 ロボットは前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
『われはロボット』(ハヤカワ文庫SF)より
本作の仕掛けで面白いのが「アシモフ回路」と呼ばれるロボット三原則を遵守する回路がロボットに組み込まれているという設定だ。ロボット三原則はロボットをテーマにした作品を数多く描いたSF作家のアイザック・アシモフが1940年代にロボット使用の倫理として定めた有名なもので、アシモフはこのロボット三原則を作中の仕掛けとして効果的に配することで数々の傑作を生み出した。このロボット三原則の登場以降、現在にいたるまでロボットをテーマにした他の作品にはこの三原則が必ずといっていいほど顔を出すのである。
しかしスラデックの『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』では、軽やかにそのロボット三原則を飛び越え、チク・タクは人間たちに危害を加えていく。スラデックはロボットが罪を犯すことのないように「アシモフ回路」という道徳的判断のデジタルデータを組み込んだというこの設定によって、人間(アメリカ人)とロボットの境界を宗教的にも明確にするのである。人間たちが生来持っていてロボットにはないもの、それは「罪」である。「アシモフ回路」のロボット三原則によってロボットは罪を犯すことはできない。しかし人間(この場合作中のアメリカ人のキリスト教徒)は生まれながらにして罪を背負う。罪を背負っているからこそ人間なのである。そうした視点から本作を読むと、ロボットであるチク・タクの行動にも説明がつく。チク・タクは実験によって罪を自覚できれば人間になれるのではないかと思ったのではないだろうか。
こうした機械・ロボットをテーマにした作品は18世紀から存在し、人間に似せて創られたロボットはそれ自体が人間自らを映す鏡として機能し、そこには哲学的な視点を持つことが宿命づけられている。本作もまたロボットたちが人間から迫害を受ける様や、社会的階層へと固定される様に出会うたびに読者はロボットを通して人間社会について思考を巡らさずにはいられないのである。
また本作の邦訳版で驚くのは、訳者である鯨井久志氏の持ち込み企画だったということだろう。2016年に柳下毅一郎氏の訳で河出書房新社から刊行された『ロデリック』(こちらも傑作なので是非読んでほしい)でスラデックに魅せられた鯨井氏が、その推し活の末にこの『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』の邦訳をされたことにも、いち読者として感謝のほかはない。
AI生成による画像やイラストなど、人間以外の存在がクリエイティブな領域に足を踏み入れた(ように見える)ことでザワついている昨今、スラデックの『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』(チク・タク×10)のブラックなユーモアが、必ずや現代を見つめ直す一助となるだろう。
文=すずきたけし