打ち上げ代を毎回払ってくれる芸人は誰?お笑いライブ制作K-PROの児島気奈が語る、知られざる「お笑いの裏側」と「芸人の素顔」

文芸・カルチャー

公開日:2024/3/23

芸人沼から抜けられない。
芸人沼から抜けられない。』(ポプラ社)

 「好き」な気持ちが大きく膨らむと、人生が思わぬ方向に転がることがあるようだ。『芸人沼から抜けられない。』(ポプラ社)の著者である児島気奈さんは、お笑いが好きすぎてお笑いライブを開催する会社を作ってしまった人。彼女が設立した会社「K-PRO」は、「行列の先頭」をはじめとする人気ライブを次々と企画し、2021年には自社劇場「西新宿ナルゲキ」をオープン。20年間で、年間ライブ数が1300本を超えるほどの規模に成長した。

 著書では、児島さんがひとりのお笑い好きからお笑いライブの主催者になるまでの過程や、お笑いライブを成功させた秘訣が語られるのと共に、お笑いライブの作り手である児島さんだからこそ知る芸人たちの素顔が綴られている。

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芸人番組をほぼ100%録画していた中学生時代

 本書のタイトルを見てもわかる通り、児島さんのお笑いに対する愛情は底なし沼くらい深い。中学生時代に『ボキャブラ天国』で若手芸人に沼ってからというもの、実家にあったビデオデッキ合計5台をフル稼働させ、当時の在京キー局で放送されていたテレビバラエティ番組をほぼ100%録画。さらに、お気に入りの芸人がレポーターを務めた朝の情報番組や、ワンシーンだけ出演したお昼のドラマまで保存していたというから、お笑い熱が相当なものであったことは存分に伝わるはずだ。

 以降、児島さんは、必然とも言うべく、お笑いライブの世界に足を踏み入れる。ライブの主催を始めたばかりの頃は、お笑い事務所に信頼してもらえず、開催にかかる費用をアルバイトで補いながら、相場より高い報酬を支払って人気芸人の出演を獲得していたという。他にも、次の賞レースで優勝しそうな芸人を先読みしてライブにブッキング、コロナ禍でどこよりも早くオンラインライブをスタートさせるなど、誰も思いつかないような独自の施策で成功を収めていった。お笑いライブに携わるようになってからも、心の根っこには「芸人たちに恥をかかせるような舞台は作りたくない」というお笑い愛が変わらずあったという。

推しに惚れ直すエピソードが満載

 本書には、ウエストランド、三四郎、アルコ&ピース、令和ロマン、アンガールズなどなど、豪華な芸人たちのエピソードも満載。児島さんはお笑いライブを開催しながら、芸人たちとお互いに支え合える心地良い信頼関係を結んできたようだ。

 たとえば、サンドウィッチマンのエピソード。2010年のライブで千鳥とキングオブコメディがトークコーナーを担当したとき、それまで共演した経験が少ない2組のトークはいまひとつスムーズではなかった。それを観ていた伊達(みきお)が児島さんに声をかけた上で舞台に上がり、2組の間を取り持つように盛り上げると、お客さんはびっくりしつつも大喜びだったとか。また、後輩のライブをお忍びで観にきて、「若手ライブをやってくれてありがとう」と児島さんに打ち上げ代をポンと渡してくれたこともあるという。

 マシンガンズの西堀(亮)は、児島さんが芸人として舞台に上がっていた頃からの長い知り合い。芸人たちの打ち上げにスタッフまで誘ってくれて、児島さんがライブ主催者として打ち上げ代を渡そうとしたら、「いや、こういうところぐらいカッコつけさせろよ」と言って毎回全部払ってくれたとか。

 ライブ主催者という立場からどうしても打ち上げにまつわるエピソードが多いようだが、ベテラン芸人たちの裏の顔はしびれるほどかっこいい。しかも「あの芸人らしいな」と思えるところがあり、推し芸人がいる人は惚れ直してしまうのではないだろうか。

お笑いの裏側をよく知る児島氏の芸人論も

 児島さんによる芸人論も興味深い。たとえば、彼女が語る「売れる芸人」の絶対条件は、ネタを見るために舞台袖に芸人が集まってしまうようなコンビで、その代表的な存在がバイきんぐ。実力・努力・ハングリーさを持ち合わせており、何をやっても最後は必ず小峠(英二)が大爆笑をとっていたとか。

 最近は怖い芸人が少なくなり、人を明るい気持ちにさせる空気感が求められていて、それを体現しているのがAマッソ。ネタに対するストイックさが半端ではない彼女たちは、今求められるお笑いに真摯に向き合っているうちに、意識しなくともそういう空気感を醸し出せる芸人になったのだろう…と児島さんは分析する。

「お笑いとは、語れるもの」

 芸人たちの後ろ姿を見ながら20年間、お笑いを生み出す場所を提供してきた児島さんが語る“お笑いライブに大切なもの”とは、「お客様・出演者・スタッフのバランスが整った三角形」だという。たしかに、作り手であるスタッフの存在があるからこそ、芸人は安心してネタを披露でき、観客が笑うことで会場のボルテージはどんどん上がっていく。お笑いライブとは、お笑いが好きな人たちで出来上がったトライアングルの中に取り込まれるという、温かくて幸せな体験ができる場所なのだ。

「お笑いは、語れるもの。ファン同士で語り合いましょう」と綴る著者の言葉は、プロによる厳しい視点だけでなく、純粋なお笑い愛にあふれている。こんな方が業界を支えているのだから、きっと日本のお笑い界はしばらく安泰だろう。本書は、お笑いに沼っている人たちが“沼から抜けられない喜び”を心の中で語り合える、お笑いファンブックとも言える一冊だ。

文=吉田あき

芸人沼から抜けられない。