山﨑賢人主演で話題『ゴールデンカムイ』の世界を深掘りする1冊。コミックスのカバーに書かれた謎の言葉の意味とは?
更新日:2024/4/8
北海道や樺太の大自然、アイヌの埋蔵金、網走監獄の囚人たち……さまざまな魅力的要素が絡み合い、人気を博している『ゴールデンカムイ』。マンガ原作は2022年に完結したが、アニメ、山﨑賢人主演の実写映画や連続ドラマと、さらに大きな話題となっている。
『ゴールデンカムイ 絵から学ぶアイヌ文化(集英社新書)』(中川裕:著、野田サトル:イラスト/集英社)は、原作のさまざまなシーンを参照しながらアイヌ文化を解説している一冊だ。作品が人気になる中で、「アイヌ民族の文化や歴史を美化しすぎている」といった声も上がったとされている本作。たしかに、アイヌ民族が差別や偏見などと闘ってきた歴史の描写は作中になく、「カッコいいアイヌ」が描かれた物語と言えるだろう。とはいえ、本書を読めば、原作者がいかに真摯にアイヌ文化と向き合い、取材や調査を重ねた上でこの作品を描いたかがわかるだろう。
そして、この作品によって、多くの人がアイヌ文化への興味を持つことになったのは疑いない。私がこの作品にハマったのも、アイヌ文化の興味深さ、とりわけアイヌの食文化や生命に対する考え方などに触れられたことがきっかけだった。
本書には、知らなければ気づかない、うっかり見逃してしまうようなポイントの解説も多く、読めば『ゴールデンカムイ』の世界をより深く知ることができること間違いなしの一冊となっている。例えば、アイヌの家の中での上座・下座はどういった配置となっているか、インカラマッの占いに使われていた動物の骨はなぜ下顎のものなのか、などの細かい部分は、マンガを読むだけではわからない。本書に書かれている知識を持ってから原作を読むことで、リアリティのあるアイヌ文化を丁寧に描いていることに気づくことができるわけだ。
また、作中では登場しないが、この作品にとって欠かせないのが、31巻までの全てのコミックスのカバーに書かれている「カント オロワ ヤク サク ノ アランケプ シネプ カ イサム」というフレーズだ。それについても本書では下記のように触れている。
カムイたちはそれぞれに目的があって人間の世界にやって来ます。そのことが、コミックスのカバー袖にいつも書いてある、カント オロワ ヤク サク ノ アランケプ シネプ カ イサム「天から役目なしに降ろされた物はひとつもない」という言葉に集約されています。このヤク「役目」には、実にいろいろなものが含まれます。
(p.33〜34より引用)
そこからシマフクロウなどの野生動物が持つ「ヤク」についての解説が始まる。この「ヤク」も『ゴールデンカムイ』という作品を理解するのに重要な単語なのではないかと思う。アイヌというと「自然と共に生きる人たち」というイメージが強く、物語の最初期にも「弱い奴は食われる」というアシㇼパの言葉があり、まさに「弱肉強食」を地でいく文化だろう。
ただ一般的に「弱肉強食」という言葉には、「弱いものを見捨てる」という側面があるが、アイヌ文化の根元にあるのは「弱いものにも役目がある」というものではなかろうか。全巻に上記の言葉を載せた『ゴールデンカムイ』という物語は、まさにそのことを読者に伝えてくれているように感じられる。
元軍人、アイヌ、帝国陸軍、囚人、ゲリラ、さまざまな背景を持つ人間が、それぞれの「役目」を信じ、前へと進んでいく物語。多様性の重要さが叫ばれるこの時代に人気となったのも偶然ではないのかもしれない。本書のコラムの中には、次のようなコメントもある。
「ゴールデンカムイ」が歴史や文化を語り直すことは単なる昔の物語にとどまるのではなく、読者が物語を自分の歴史と結びつけるきっかけにもなるでしょう。それは、結果的に現代日本の多民族・多文化状況を知ることにもつながるのではないでしょうか。
(p.333より引用)
もちろん作中で描かれているアイヌの姿はその全てではないし、読んだだけでひとつの文化を理解したつもりになるのは危険だ。とはいえ、知ろうとすることが本当の理解への第一歩。この一冊をもとに「ゴールデンカムイの深み」へと足を踏み入れてみてはいかがだろうか。
文=岡本大樹