結婚式という風習(後編)/絶望ライン工 独身獄中記⑮

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公開日:2024/4/3

絶望ライン工 独身獄中記

男女が婚姻を宣言するためだけに、ドメスティックな感動ポルノやうすら寒いヴィデオを来場者に観せ、観覧料参萬円を申し受ける謎の奇祭をご存知でしょうか。
それは、どうやら結婚式と呼ばれる風習らしい。
わが国のみではなく、世界各国で同様の催しがある地球人ならではの文化である。
独身者である私は、憧れも似た憎しみを噛みしめながらSNSに流れてくるこれらの記録写真を眺め、そして苦しむ。
これは、そんな嫉妬と羨望と絶望に苦しむ40代男性の戦いの記録である。

前提として、結婚式は素晴らしい。これから婚姻関係になる方、挙式をお考えの方。
本当におめでとうございます。
貴殿らは世界の至宝だ。次の世代へ繋ぐ愛の螺旋だ、未来を照らす光だ、稲妻だ、人妻だ。
ここにダ・ヴィンチWeb連載6行をお借りして、祝福申し上げます。
どうかブラウザの「戻る」から、すみやかにお帰りくださいませ。
ここまで読んで頂きありがとうございました。

40年生きて思うに、他人の幸せが自分の幸せになるよう人間は創られていない。
幸せな人を見るとほっこりする。私もしあわせー!
中にはそんな特異遺伝子個体も存在しえるが、稀であるように思う。
皆に幸せになって欲しいと心から願う。同時に自分より少しだけ不幸でいてほしいとも思う。
それが本音である。まったくもって人間は愛おしい生命体だ。
そうでなくてはテレビも週刊誌も人の不幸を報じない。
何処々々で可愛い赤ちゃんが生まれました、誰々が素敵なマイホームを購入しました、芸能人の某さんは今日も幸せに暮らしています。
そんなニュースは誰も読みたがらない。
何処々々で事故があった、誰々が空き巣被害に遭った、芸能人が不倫をしていた。
これらの内容を我々は好む。皆悲しくて不幸なニュースを求める。
そしてそれに応えるように、世界は戦争や疫病といった災厄で満ちている。

そんな人間世界に最も適さない祭典が、まさに結婚式である。
金を払って人の幸せを拝観させていただく。
貴重な免業日を消費し、場所によっては新幹線に乗り遠方まで赴く。
卒業以来1度も会っていない中学の同級生が式をやるから来いと言う。
エントランスフリーなら参加してやらんでもないが、なんと席料は3万円が相場である。
ブルーノートでパットメセニー見て酒飲んでディナーコース食べるのと同じくらいだ。

おい同級生、君はパットメセニーか。
あれが聴きたいな、ブライトサイズライフ。ぜひ演ってくれたまえ。
いや「取り扱い説明書」とか「両親への手紙」とかはやめて。その場から逃げ出したくなる。
それから出席者諸君、ビデオレターは結構だが5分超えるなら残り時間出るようにして。
知らん人がスケッチブック持ってる映像を延々と見せられるこっちの身にもなってくれ。
あとドリカムをBGMに使っているようだがこれちゃんと許諾クリアしているのか。
そして目の前の料理はいつ食べられるのか。
冷めちまうんだけど。早くして。知らん会社のオッサンの話とかスキップさせて。
祖母の詩吟?ああそれはちょっと聴きたい。
父がピアノを弾く?それも聴くわ。ブライトサイズライフじゃなくて「Can You Celebrate」だけど。すごいな。こういう芸事は大歓迎である。
でも「友人から新婦への手紙」みたいなのは本当にやめてくれ。
そういうの裏でやって。LINEでやって。泣きたいのはこっちだわ。
お返しに3つの袋の話するぞ。

来場者に幸せと感動を強要するこの悪慣だが、もちろん良い部分もある。
それは、結婚式を盛大にやればやる程離婚のハードルが上がるという点です。
いやこれむしろデメリットなのでは。
あとは式の間は一時的に人生の主人公気分を味わえること。
ずっとドブを這うように生きて来た自分からすれば羨ましい限りだ。
最悪結婚できなくてもいいから結婚式がしたい。
皆にちやほやされ、その日の主人公になりたい。
トリセツを読まれたい。
ドリカムが聴きたい。
ビデオレターが見たい──

結婚がしたい。

<第16回に続く>
絶望ライン工(ぜつぼうらいんこう)
41歳独身男性。工場勤務をしながら日々の有様を配信する。柴犬と暮らす。