倉庫で荷物仕分けをする中年男性たちが繰り広げる“バチェラー”。ダンボールに囲まれた世界で、紅一点美女の心を掴むのは誰なのか?
PR 更新日:2024/5/31
「バチェラー」とは直訳すれば「独身男性」をさす言葉だ。また、誰もがうらやむ魅力的なひとりの男性のまわりに魅力的な異性を何人も配置し、ゴージャスなデートをかさね「真実の愛」を見つけだしていく、きらびやかな恋愛リアリティ番組を思い浮かべる人もいるだろう。
『ダンボールバチェラー』(依光涼太:著、しょうじ なつお:原作/集英社)で描かれるのも、ひとりの魅力的な女性と「真実の愛」を結実させようとする多数の独身男性たちの姿だ。しかしその舞台は荷分け仕事が行われている、むさくるしく、日の当たらない倉庫。男性陣はアルバイトや日雇いで働いているさえない中年ばかり。だからこそ唐突に目の前に現れた魅力的な女性の前に平静ではいられない。こんな機会は二度とないかもしれないという思いが必死さを演出する。ダンボールに囲まれた場末の恋愛サバイバルコメディなのだ。
山の上にそびえたつ倉庫には多数のダンボールが積まれ、日々、荷物の仕分けと整理のため、数十人の男たちが集められている。体力的にはキツイものの、基本的に単純作業のくり返し。コミュニケーションは最低限しか必要ない「ぬるい」仕事場。そこは、ぬるま湯につかったまま何年もアルバイトの身分に落ちついてしまった男たちばかりが集まる、むさくるしいだけの仕事場のはずだった。
――しかしその日、状況は一変する。そんな職場に絶世の美女が現れたのだ。彼氏はいないと話す圧倒的なヒロインの登場に、これまで死んだ魚のような目をして仕事をしていた男たちの目の色が変わる。彼女のあずかり知らぬところで「誰が彼女のハートを射止めるか」を競う、倉庫内恋愛戦争が勃発するのだった。
本作『ダンボールバチェラー』はとにかくその演出力が突出している。恋愛偏差値も低く、さえない中年の男たちが、ひとりの女性をめぐって競いあう様は、通常あまり見栄えのするものではないだろう。しかし抜群の演出力を駆使することで、過剰に、ドラマチックに魅せつけてくるのだ。
まるでインタビューをしているかのように、登場人物がいま抱えている思いを語らせ、各人の心境と置かれている状況をリアルタイムで切りとってみせる。体毛を剃るため、たった1本のT字カミソリをめぐって競いあった際には、並行してキャラクターたちに小学校で徒競走をしたときの純粋で一途だった気持ちを思い出させる。
そういった多種多様な技術と表現をつかった演出がはさみこまれることによって、相手にされているのかもわからない独りよがりの恋愛サバイバルが、ときには涙腺さえも刺激してくる熱量をおびてくるのだ。
そんなドラマチックな演出を自在に表現している絵の力にも注目だ。「絶世の美女」と評される美女をかわいく描いているだけでも高いハードルをひとつ越えている。そして数多くのさえない中年男性たちが、怒号をあげ、走りだし、そのたびに激しく感情をあらわにする。一瞬にして変わりゆく場面を迫力満点に描きだす。だからこそ読者もその異様な空気にのせられてしまう。
もはや、もてない男たちによる片思い恋愛バトルなどというシミったれたものではない。夢と希望と人生をかけた壮大なリアリティショーがこのダンボールだらけの倉庫でくり広げられている。高い演出力と、それを表現できる絵の力という歯車がかみ合うことによって、そんな大それた思いさえも抱かされてしまうのだ。
『ダンボールバチェラー』は突如現れた美女とつき合うため、さえない男性たちが奮闘する恋愛サバイバルコメディ作品だ。しかしそれを描きだす演出力においては、他を寄せつけない強さがある。ただのラブコメ作品の枠などには到底おさまらないこの熱量をぜひ感じてほしい。