麻布競馬場×柿原朋哉×カツセマサヒコ×木爾チレンが描くSNSのちょっといい話。『#ハッシュタグストーリー』【インタビュー前編】

文芸・カルチャー

PR 更新日:2024/4/2

 炎上、誹謗中傷など、とかくマイナス面ばかりが強調されがちなSNS。でも、SNSが私たちの日々をささやかに照らすこともある──。

 そんな「SNSのいい話」にスポットを当てたアンソロジー『#ハッシュタグストーリー』(麻布競馬場、柿原朋哉、カツセマサヒコ、木爾チレン/双葉社)が今、注目を集めている。4人の参加作家は、いずれもSNSにゆかりのある方々ばかり。SNS総フォロワー100万人の彼らに、それぞれの短編について、そしてSNSの功罪について語っていただいた。

麻布競馬場、柿原朋哉、カツセマサヒコ、木爾チレン

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麻布競馬場「インターネットの美しい未来を描いた、祈りの短編」

――『#ハッシュタグストーリー』の制作にあたり、作家の皆さんには“テーマは「SNSのいい話」”“タイトルに「#(ハッシュタグ)」をつけてほしい”というオーダーがあったそうです。執筆にあたり、内容がかぶらないか、他の作家さんがどんなものを書くのか、意識されましたか?

木爾チレンさん(以下、木爾) :かぶらないようには意識しました。私はInstagramを扱いましたけど、ほかにInstagramの短編を書く人はいないかなって。

柿原朋哉さん(以下、柿原):やっぱり考えますよね。InstagramもX(旧Twitter)もかぶりそうだから、もうそれは仕方ないなと思って。

麻布競馬場さん(以下、麻布):僕は、カツセさんというTwitter同業者がいたんで「やべえ」と思いました。

カツセマサヒコさん(以下、カツセ):僕とアザケイ(麻布競馬場)さんは出身がTwitterで同じだから。

麻布:そう、地元かぶり。僕はYouTuberもやってたので、YouTubeを題材にしようかと思ったけど、そっちには柿原さんという巨人がいた(笑)。このふたつの間で心が揺れました。

カツセ:でも、結果的にそこまでかぶらなかったですよね。それぞれ違う色が出たと思います。

――それぞれの短編がどのようにして生まれたのか、おひとりずつ聞かせていただけますか? まず、麻布競馬場さんの「#ネットミームと私」。こちらは、インターネットに出回っている“情報量が多い写真”をモチーフにした短編です。田舎道で中指を突き立てた少女の背後に、散歩中の犬が逃げ出して地面に倒れこむ老婆。この写真に、どんな物語が隠されているのかが語られていきます。

麻布:僕は、小学2年生の時にインターネットを始めた“スーパーネットネイティブ”なんです。そこで、今のSNSだけでなく過去にヒントがないか探し始め、ふと「SNSってどこまで含まれるんだろう」と思ったんですね。一般的にはTwitterやInstagram、YouTubeを思い浮かべますけど、昔の前略プロフや、今回取り上げたAmebaブログなんかも含まれるんじゃないかと思って。そこで、時間軸を広げ、インターネットの歴史の重層性を描いてみようと考えました。そこから“昔のSNSが今のSNSに顔を出す”という話になっていきました。

カツセ:「情報量が多い写真」を使うアイデアは、僕にはまったく浮かばなかった。めっちゃびっくりしました。

木爾:私も思い浮かばなかった。

柿原:あの写真から、短編を書き切るのがすごいですよね。

カツセ:最近は意図して作られた情報過多の画像も増えたじゃないですか。どこからが“養殖”で、どこまでが“天然”のネットミームなのか全然わからない。そこから、あんな重層的な話を掘り下げるのがすごいですよね。一枚の写真から過去に潜っていく、あまり経験したことのない読書体験でした。

麻布:「インターネットとはなんぞや」と考えた結果、僕は“解釈”という結論に至ったんです。今、SNSで発言された声は、どんどん流れていって過去に積み重なっていきますよね。後から掘り返しても、発言者が当初持っていた意図がわからない。手元に漂ってきた、意図どころか発言者すらもわからない声を自分なりに、場合によっては好き勝手に解釈していくしかないんです。それがインターネットの暴力につながっている気がするけど、何とか希望に転じさせられないかなと考えていきました。僕が今のインターネットに感じるうすら寒さから生まれた話なのかもしれない。

柿原:トゥルーエンドに行ってみたってことですよね。SNSが正しい道を進んでいたら、ああなる。

麻布:そうなんです。ああなってほしかったというインターネットの美しい未来を描いた、祈りの短編ですね。現実のXは、もうおしまいじゃないですか。フォロワーを増やすにもマニュアルがあるし、増えたフォロワーでお金も稼げる時代ですから。昔みたいに、初期衝動や善なる意志で突き抜けていたインターネットはもうフィクションになっている。勝ち筋が決まってるから、すげーつまんないなと思って。

 僕としては、みんなで手探りで意味のないことをするのが好きだったので、遅くて意味のないインターネットを取り戻したい。美術館に飾られた絵は「この絵は誰が描いた」とわかりますけど、インターネットは情報がたくさんありすぎて、どんどんワンオブゼムの過去になって隠れていってしまう。そこに対する祈りは、みんながうっすら共有してる気はしますね。

麻布競馬場、柿原朋哉、カツセマサヒコ、木爾チレン

柿原「応援してきたものが有名になり、新しいファンが入ってきたことにモヤモヤするオタクを描きたい」

――柿原さんの「#いにしえーしょんず」は、26歳、“古のヲタク”の独身女子が主人公です。同じバイト先のカジュアルなオタク女子にモヤモヤした思いを抱く、その葛藤がリアルに描かれています。

柿原:僕の場合、ネットに触れたきっかけがニコニコ動画だったんです。なので、SNSを題材にするなら、オタクを書きたいと思いました。最初、なかなかテーマが決まらなかったのですが、担当編集さんと話す中で「今と昔で違うオタクの姿を書き分けよう」という案が出てきて。例えば、応援していたバンドがメジャーデビューしたら寂しいって気持ち、ありますよね。喜ばしいことなのに、なぜかそれを受け入れられない自分がいる。応援してきたものが大きく育ち、そこに新しいファンが入ってきたことに、自分が耕した畑を他人に荒らされるような悲しさやモヤモヤを抱えるオタクを書けないかなと思いました。

木爾:柿原さんの作品、一番読後感がよかったです。すごくあったかい気持ちになれました。

柿原:え、うれしい。僕自身、SNSをやってきた中で感動した出会いがあったんですよ。中学生くらいの頃に「こえ部」という声のSNSがあって、そこで出会った絵師さんの絵が大好きで、イラストを描いてもらったり、Skypeで話したりしていたんですよ。でも、ネット上の出会いなのでだんだん交流が薄れてしまって。そんな中、2年ほど前に本屋さんでその方の絵によく似たマンガが並んでいるのを見たんです。「え、見たことある絵だ。もしかしてあの人かな」と思って名前を見たら、当時のハンドルネームと同じ文字がその作家名にも入っていて。連絡を取る手段はないかなと思ってLINEを遡ったら、メッセージの履歴はないけどアカウントだけ残っていたんですよ。それで連絡してみたら、ご本人で。今、すごく有名なマンガ家さんになっていたんです。

カツセ:いい話!

麻布:その話、そのまま書けばよかったんじゃないですか(笑)。

柿原:それが衝撃的な体験だったので、「SNSで出会った人がいつか本当に出会うこともあるかもしれない」と匂わせる作品になればいいなと思いました。SNSにもいいところがあるよなって。

麻布:柿原さんの作品は、SNSを手紙にしても成立するからクラシックな骨太さがあるんですよね。でも、その一方で文通では起きないドラマもある。それが面白いなと思いました。

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カツセ「外に拡散するのではなく、内輪ノリのハッシュタグに」

――カツセさんの「#ウルトラサッドアンドグレイトデストロイクラブ」は、高校時代の文化祭で使われた内輪のハッシュタグがモチーフです。ストーカーに襲われ、絶望的な状況の中、主人公が思い出したのは当時のハッシュタグ。過去の回想と現在の出来事が交互に綴られていきます。

カツセ:最近の若い人はSNSをどうやって使っているんだろうと考えた時、自分の発言を世界に広めたい人よりクラスの友達にだけ届けばいいと考えている人のほうが多い気がしたんです。ソーシャルメディアは本来、情報を外に広げていくためのツールなのに、今は内へ内へと向かっている。その矛盾が面白いなと思ったので、短編で表現してみようと思いました。

 あとは、去年観たダウ90000の演劇からヒントをもらっています。学生時代の内輪ノリから生まれた合言葉、身内にしか通じない単語で盛り上がるシーンがあるんですけど、僕の時代にもそういうノリはあったし、今でもありそうだと思いました。そこから、文化祭のスローガンが十数年後に影響を与える物語にしたらいいかも、と考えました。

――このハッシュタグは、カツセさんのオリジナルですよね。

カツセ:いかにも高校生がノリで決めたような、アホでポジティブな単語の羅列にしたかったんです。まずは「ChatGPT」に聞いて、でも、あまりいい案が出なくて。そこからアイデアの種のようなものだけもらって、カタカナで一瞬意味がわからないけど、物語を追っていくうちに理解できるような長いハッシュタグを考えていきました。

――スピード感あふれる展開で一気に読ませます。

カツセ:たまたま『もののけ姫』を観たばかりの頃で、あの映画の冒頭シーンに影響を受けています。タタリ神とアシタカのアクションシーンから始まって、そこから壮大なドラマにつながっていく。あのスピード感が本当にカッコよくて、小説でやってみたくなりました。まずは現代でのアクションシーンからスタートして、過去のパートでドラマを作る。それを交互に、できるだけ展開を早くすることを意識していました。この頃、ほんとにネタ切れしていて、いろんなコンテンツの要素を足しながら書きました(笑)。

麻布:ダウ90000×『もののけ姫』って、世界初じゃないですか?(笑)

カツセ:主人公ふたりのビジュアルは、『霧尾ファンクラブ』(地球のお魚ぽんちゃん/実業之日本社)というマンガからイメージしました。女子ふたりがクラスメイトの男の子に恋するんですけど、肝心の男子の顔は一切出てこないまま、ふたりの推し活が盛り上がりつづけるんです。この主人公たちのキャラクターデザインが大好きで、頭の中で彼女たちを思い浮かべながら書きました。

柿原:油そばも出てきますよね。あれも、なにかに由来するんですか?

カツセ:あれだけは、唯一自分の記憶から引っ張ってきました(笑)。

木爾:油そば、好きなんですか?

カツセ:大好きです。高校時代なのでもう20年くらい前ですけど、当時は珍しかった油そば屋さんが学校の近くにあって、部活が終わったあとにみんなで食べに行ってました。バスケ部だったんですけど、一個上の代の部長だけ裏メニューの「トリプル盛り」を頼む権利があって、それがなぜかカッコよかったんですよね。高校時代というとまずそれが浮かぶので、最終的に全体の四分の一くらいが油そばの描写になりました(笑)。

――いきなりバイオレンスな展開から始まるのも、他にはない趣向でしたね。

カツセ:「SNSのいい話」というテーマだから、誰も暴力は書かないだろうと思ったんです。フックが欲しかったんですよね。ただ、「これで僕がトップバッターとトリになることはなくなったな」と思いました。

麻布:見事に当たりましたね、アンソロジー競馬が(笑)。

柿原:展開がめまぐるしくて、すごく読み応えがありました。ひとりだけページ数を多くもらってるんじゃないかと思うくらい。映画になりそうですよね。

カツセ:うれしい。今の太字にしといてください。

柿原:……っていうカツセさんのコメントも太字にしといてください(笑)。

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木爾「“いつか別れるふたり”をテーマに、サブカルこじらせ女子を描く」

――ラストを飾るのは、木爾さんの「#ファインダー越しの私の世界」です。こちらは、Instagramなどで実際に流行ったハッシュタグです。小さな子どもがいる専業主婦のインスタ投稿に、ある時元カレが突然「いいね」をつけてくる。そこから大学生だった10年前を回想する、ほろ苦い物語です。

木爾:タイトルにハッシュタグをつけるのがルールだったので、実際にあるハッシュタグを物語にすると面白いんじゃないかなと思いました。「#ファインダー越しの私の世界」は、10年くらい前に流行ったエモい写真を上げるハッシュタグ。私はその頃サブカルをこじらせていた時代で、そのハッシュタグを知って「おしゃれー!」と思っていたんですよね。

 ただ、ちょうどこの短編を書く頃はスランプで、サブカルをこじらせてる女の子と「#ファインダー越しの私の世界」をミックスした物語がなかなか思い浮かばなくて。そんな中、映画『花束みたいな恋をした』を思い出して、“いつか別れるふたり”をテーマにすれば、このハッシュタグを昇華できるかも、と思いました。

柿原:そのハッシュタグで写真を投稿してたんですか? あの物語の厚みはタグを使ってた人にしか出せない気がする(笑)。

木爾:その頃、一眼レフカメラを買った記憶があります(笑)。投稿もしてましたね。デビュー当時は痛いポエムとか投稿するタイプだったので、そういう痛い部分もさらけ出しました。

麻布:“私を何者かにしてくれるかもしれないインターネット”というあの頃の空気を、ひとりだけ描いていましたよね。

カツセ:すごいワクワクしました。

柿原:僕、大学が京都だったんですよ。描かれている場所も当時の空気もわかるし、僕もそういう沼でこじらせていたタイプなので「えぐらないでくれー」って。ページをめくるのが怖かったです。

木爾:でも、柿原さんはサブカルの頂点みたいなものじゃないですか。

麻布:“インターネットが何者かにしてくれた人”だし。

柿原:主人公の元カレ・凪くんのインスタがあるじゃないですか。人生の節目になった瞬間だけ投稿する感じの。そういうやつだったんです(笑)。

木爾:言われてみると、凪くんっぽいかも(笑)。

柿原:最後の終わり方がめちゃくちゃ好きで。ふたつあるアカウントのうち、どっちに投稿するか悩むところが個人の思いと紐づいているし、SNSという題材も生かされているなって。すごく素敵な終わり方だなって思いました。

木爾:そう言われると、めっちゃ素敵に思えてきた(笑)。私も「XとThreads、どっちのアカウントに投稿しよう」って悩むことがあるので、その経験を生かせないかなと思いました。

カツセ:この本を読み終わったあと、読者も同じように悩みそうなのが面白くないですか? 「読了しました」という写真を、どのアカウントに書くのか。「お前も同じだぞ」って、突き付けられてる気がしますよね。

取材・文=野本由起 撮影=後藤利江

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