麻布競馬場×柿原朋哉×カツセマサヒコ×木爾チレンがSNSについて語る。ひとりだけSNS大好きな人が……いったい誰?【インタビュー後編】

文芸・カルチャー

PR 更新日:2024/4/2

「SNSのいい話」にスポットを当てたアンソロジー『#ハッシュタグストーリー』(麻布競馬場、柿原朋哉、カツセマサヒコ、木爾チレン/双葉社)が今、注目を集めている。4人座談会インタビューの前編では、それぞれの短編について、どういう発想で作成したのか語り合ってもらった。後編では、4編を読んだ感想や、SNSに対する思いを語っていただいた。

#ハッシュタグストーリー

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アカウントの向こうには人がいる。その一人ひとりに生活がある

――収録された全4編を読んだ感想をお聞かせください。

麻布競馬場さん(以下、麻布):人によって、SNSとの距離感も違うんだなって思いました。死んだ過去としてのSNSを描いてる人もいれば、今に生きているSNSを描いてる人もいて、流派が違いますよね。柿原さんと僕、カツセさんと木爾さんで2グループに分かれますよね。

カツセマサヒコさん(以下、カツセ):ああ、同じことを思いました。

麻布:僕、柿原さんを勝手に同期だと思ってるんです。

柿原朋哉さん(以下、柿原):世代も近いですよね。僕は1994年生まれで、麻布さんは1991年?

麻布:そうです。あ、柿原さんと僕は90年代生まれ、カツセさんと木爾さんは80年代生まれなのか。そこに壁があるのかも。

木爾チレンさん(以下、木爾) :カツセさん、昭和でしょ?

カツセ:昭和。さっきアザケイ(麻布競馬場)さんが「小2からインターネットに触れていた」と言ってましたけど、僕からしたらだいぶ早い印象。僕は中1くらいでやっとパソコンに電話線をつないでピーヒョロヒョロって鳴らしてたから。

木爾:ネットに触れるのは、早くて中学生くらいでした。

柿原:僕らは、幼少期の娯楽がネットでしたよね。

麻布:世代差と関係しているかはわからないけど、木爾さんは通り過ぎた過去とともにSNSがあるという描き方ですよね。カツセさんが描いているのは、もう戻れない断絶した過去。僕と柿原さんは今のSNSをどう解釈するか。ただ、僕がSNSを通して過去が現代に顔を出す話だとしたら、柿原さんは現代そのものを書いていた。現代のSNSの特徴に真摯に向き合った作品だなと思いました。

柿原:僕は、現代のSNSに対するコンプレックスがあるのかも。

麻布:カツセさん、木爾さん、僕の3人は、ある種の懐古主義をもってSNSを見ているのかもしれない。

カツセ:「SNSのいい話」を書くには、SNSがよかった時代まで戻るしかないから、そういう時系列になるんでしょうね。でも、全部読んでみて、この本は僕も含め、今のSNSを嫌いな人たちが書いてるなって思った(笑)。

麻布:頑張っていい話にしようとしてるけど、100%肯定する話は誰も書いてない。

木爾:いい話、難しかったです(笑)。SNSで出会って……みたいな王道の話も書けたと思うけど、誰も書かなかったですよね。

麻布:誰も書いてなくて安心しました。すべてのものがそうですけど、SNSも決して100点のものではないじゃないですか。包丁だって人を刺すために使うこともあるけど、野菜を切ることもできる。それと同じで、「こういういいことも、もしかしたらあるかもしれないよね」っていう祈りや希望のようなものになったのかもしれません。

カツセ:全員「こうあってほしい」というSNSのあり方を書いていたし、「アカウントの向こうにはちゃんと人がいる。その一人ひとりに生活がある」ということも書いていたように思います。

#ハッシュタグストーリー

麻布:SNSだけで完結する話を誰も書いていませんでしたよね。SNSをフックにして、人間関係の摩擦やSNSのある暮らしを書いている。

カツセ:どの作品も、SNSがダイレクトにいいことをしてくれた話じゃないんですよね。SNSはあくまでも媒介であって、その中で過ごしている人たちが何をしているか。SNSでは発信されない部分のいい話を書いているような気がしました。

麻布:僕らは、インターネットやSNSが当たり前の時代に生きているじゃないですか。インターネットと現実が溶け合って離れなくなっていて、それらがセットで僕らが生きるリアルな世界を構成しているというか。でも、インターネットはあくまでも虚構で、現実だけがリアルな世界だと思っている人って、かなり多い気がしていて。

木爾:このアンソロジーに対して「新しい小説」という感想を見かけましたけど、これを新しいと感じる人が多いってことですよね。

柿原:読者の年齢層が高いのかもしれない。

麻布:SNSではドラマが起きないと思っている人、けっこういるじゃないですか。さっき話したように、インターネットってズルして稼ぐためのツールで、YouTuberをダメな若者として書く人も多い。最近だと迷惑系YouTuberばっかり小説に出てきますよね。

木爾:ホラー作品で死んじゃったり(笑)。

#ハッシュタグストーリー

麻布:SNSやインターネットが、よき存在として捉えられていないんだろうなと思います。でも、いいところも悪いところも両面ある。そういうアンソロジーになったんじゃないかと思いますね。

柿原:一冊の本になると、麻布さんの短編のあとに僕のが来るじゃないですか。麻布さんのあとに読むと、自分の小説の感じ方も変わったんですよ。どちらも腐女子が出てくるけど、扱われ方が違うのでちょっと引いた視点で見られました。思いがけない効果に、アンソロジーの面白さを感じましたね。

カツセ:まとめて読むと、4編とも女性主人公だったのも面白いですよね。

麻布:珍しいですね、おっさん3人集まって(笑)。男3人は、女性同士の連帯みたいなテーマがうっすらあるかも。SNSが分断を生んでしまうものだからこそ、連帯を描いたのかもしれない。

カツセ:確かに。アザケイさんも柿原さんも、最初は女性ふたりが敵対しているところから始まって、途中から「あ、敵だと思ってた人は自分にそっくりじゃん」と鏡になっていることに気づく物語ですよね。おふたりの作品を続けて読んだ時に、そこに共通のテーマがあるのは面白いなと思いました。ただ、アザケイさんのほうが、より意地悪な視点を感じましたけど(笑)。「嫌だな、私はあいつとは違うよな」って思いたい相手ほど、実は自分と似ている。インターネットではよく見られる現象ですよね。

麻布:わかりやすいものってバズるじゃないですか。例えば女性と女性との関係でも、嫁姑、ママ友バトル、サレ妻vs.不倫相手みたいな、ただ憎しみが加速するだけのコンテンツって、申し訳ないけど僕はあまり好きじゃないんです。たとえ憎しみが前景にあったとしても、その奥にはもっと深い関係性があってほしい。その点、みんなうっすら近いものがあるのかなと思いました。皆さん“関係”の話を書かれていた気がして。すぐ近くにいる人、昔は近かった人とSNSをどう組み合わせるのか、楽しく読ませていただきました。

#ハッシュタグストーリー

ネットが生活に溶け込んだ今、SNSとどう付き合う?

――皆さんは、SNSに対して比較的ネガティブなイメージをお持ちなのでしょうか。

木爾:半々です。やっぱりSNSを見ると、人と自分を比べちゃうんですよね。売れない頃は、誰かの活躍を見て劣等感が生まれることもありました。とはいえ、SNSでバズって本が売れたのも事実で。SNSがなかったら今の私はいないと思うし、すごく助かっているところもあります。でも、見るのが嫌っていう気持ちもあるんですよね。

――カツセさんと麻布さんは、Twitter発の作家というイメージがあります。

カツセ:大体の人は、地元が嫌いになるじゃないですか。Twitterから出てきたからこそ、今はその地元が窮屈に感じるんだと思います。

――Xになった今の状況が嫌なんですか?

カツセ:それもあります。昔は個性溢れる街だったのに、どんどん資本主義が入ってきて似たようなビルばかりになっちゃった、みたいな寂しさがあります。

 でも、「自分だけじゃなかったんだ」と思えるツールとしては、SNSは最高だと思います。たとえば難病を患っている人やマイノリティの人が検索窓に自分の悩みを入力したら、「私もそうだよ」って人がたくさん出てくる。その状況ってすごく安心できると思うんです。これは、さっきチレンさんが話していた“人と比較しがち問題”と表裏になっていて。自分に近いと比較もしちゃうけど、「自分だけじゃなかったんだ」って孤立を防ぐこともできる。そういういい側面もあると思っています。

麻布:僕の場合、インターネットやTwitterは自分の日記帳だと思っています。自分が考えたことを書いたり、他の人の考えを吸い取ったりする場として利用しているので、確かに外部との繋がりは利用しているはずなんだけど、物理的にはあくまでも自分と自分のスマホしかそこにはないですから、外に広がっていくものとしてあまり意識していないんです。例えば「お酒飲みたい」ってつぶやいたとしても、別に誰かに一緒に飲んでほしいとは思ってない。

 一方で、つながっていることを利用している側面もあります。最近、結婚を題材にした短編を書いたんですけど、「こういう結婚観、みんなはどう思うだろう」と反応を見たくて投稿したことがありました。執筆活動と一体になっているので、不思議な感覚ですね。書いている時はひとりだけど、それをみんなが見ているというのにいまだに慣れずにいるところもあります。

柿原:今の話を聞いていて、日記帳みたいに使えるのがすごいなと思いました。「嘘でしょ」って思われるかもしれないですけど、僕はSNSに自分のことを書くのがあまり得意ではなくて。Instagramのストーリーズもほとんど更新しないし、Twitterにもプライベートに関わることは基本的に更新しない。個人的には不必要なものなんです。やらなくても本が毎回100万部売れるんだったら、やらないかもしれません。

 ただ、自分の本を読んだり動画を観てくれたりした人のアカウントを見に行けるじゃないですか。その人がどういう人なのかわかるのは、うれしいですね。「普段どういうものを追いかけている人が、僕の小説をいいと言ってくれたんだろう」「普段どういうものをいいと言っている人が、僕に『この本は面白くない』と言ってくるんだろう」ってプロファイリングみたいなこともできるので、データ収集・分析には役立ってます。それによって文章の書き方や動画の撮り方を変えることもできるので、前より働きやすくなったなとは思います。

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カツセ:でも、自分の作品をけなしている人が、僕が嫌いな作品を褒めてると悲しくなりません? 「こういう作品を好きな人だから、僕のこと嫌いだって言うんだな」って、わかりすぎてしんどくなる。

柿原:僕の場合、逆かもしれない。「やっぱりこの人とはわかり合えないんだ」って安心する(笑)。

カツセ:そうか、自分が大好きな作品を褒めてる人にけなされたらもっと嫌ですもんね。

木爾:私も安心する派です。Amazonのレビューでも、私の小説に星ひとつをつけた人が、どんな作品を評価しているのか見に行きます(笑)。「なぜこの人は私に1をつけたんだろう」って勉強になるんですよね。

麻布:木爾さんは、自分の本に星ひとつをつけて嫌なコメントを書き込んだ人が何を褒めているのか見に行ったら、子どものための編み物本を買っていたことがあったそうですよね。自分のことをディスってきた人は、ディスったあとの右手で子どもの頭をなでたり、ミルクを用意したりしているのかもしれない。そう考えると怖いですよね。

カツセ:作り手のツールとして使うSNSと生活者として使うSNSは用途が全然違うのかも。そして最近は、そのふたつがどんどん乖離していっている気がします。生活者としてはあまり触りたくないとも思うし。

木爾:私も。Xでは無駄なことは言わず、誰が見てもがっかりしない私を発信していますね。本の宣伝や周りの皆さんへの感謝に特化していて。ThreadsやInstagramのストーリーズはファンに向けて、ちょっとだけ自分の考えやプライベートも書くようにしています。

 そもそもプライベートでつぶやきすぎている作家さんが、個人的にはあまり好きではなくて。本人のイメージと発言が合っていればいいんですが、素晴らしい作品を書いている好きな作家さんが「え……」という発言をしたら少しがっかりしてしまうんです。自分は、読者の方々にそういう感覚を与えたくないと思っちゃうんですよね。

柿原:めっちゃわかる。

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カツセ:アザケイさんだけ違うんじゃないですか?

麻布:そうですね。僕はもうSNS大好きボーイなので(笑)。SNSを忌避する理由って、見たくないことを見てしまうこと、望まぬ人に見られてしまうことだと思うんですよ。それさえ除けばめっちゃ最高のツールだなと思っていて。

 僕はSNSこそ“This is インターネット”、インターネットの一番おいしいところをギューッと搾ったものだと思うんです。普通に生きているだけだと出合えない面白いコンテンツにもパッと出合えるし、普通なら自分の本を読んでくれない人が読んでくれるきっかけになる。できるだけ嫌な面を減らすことによって快適なSNSを作っていこうと、けっこう前向きな意思でSNSをやっていますね。

 先ほど柿原さんがお話しされていたように、みんながどう思っているのかテストもできるので、生活者と執筆者、どちらの立場にとってもすごくいいなと思って。実は、皆さんが嫌がる気持ちがあんまりよくわかってないんですよね。

木爾:麻布さんの場合、ご自身と作品がリンクしているというのも大きいのかも。しかも“麻布競馬場”っていう匿名感もありますよね。

麻布:確かにそれはありますね。執筆活動ではふざけた名前で顔出しもしていないから、生身の自分とSNSの距離があるのかもしれない。なにか言われたところで、「麻布競馬場がまたディスられてるな」って感じで僕個人はノーダメージなんですよ。

木爾:それは大きいかもしれません。私の場合、顔も出しているし、本名よりも“木爾チレン”のほうが自分と紐づいている感じがするから。

柿原:カツセさんってペンネームですか?

カツセ:本名をカタカナにしただけです。ただ僕の場合、不特定多数に見られてもいいやと思っている範囲がたぶん人よりも広くて。本当に守っているものにさえ触れられなければ何を言われてもかまわないから、その点ではアザケイさんに近いのかもしれない。

 あと、作家としての出身がTwitterなので、本来のSNSはもうちょっと楽しい場所だということもわかっています。でも、今のSNSはサービス側のレコメンド機能が強すぎて、ネガティブな発信をするとよりネガティブな情報ばかり集まるような気がしています。そうなると、情報だけでなくテンションやメンタルの格差もどんどん広がっていくし、それでいてコンディションの保ち方は個々に任されているから、かなりしんどい気がします。その点はサービス側が何とかすべきだと思いますね。

取材・文=野本由起 撮影=後藤利江

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