二転三転する展開に誰も信じられなくなる 安部公房『人間そっくり』。火星人を名乗る男の正体とは?

文芸・カルチャー

公開日:2024/4/9

人間そっくり
人間そっくり』(安部公房/新潮社)

 これまで「こんなことが現実に起こるなんて……!」と思ってしまうことは多々あった。その度に夢ではないかと頬をつねってみるのだが、ほとんどが現実だ。そんな気持ちになるのが『人間そっくり』(安部公房/新潮社)だ。本書を読了すると、いま目の前にあるもの、いる人は本当に存在しているものなのか。これまで起こったことは事実なのか、寓話なのか。そんな気分になってしまう。

 物語の主人公はラジオ番組の脚本家。『こんにちは火星人』という社会戯評風の番組を手掛けていたが、火星ロケットの打ち上げが報道されて以降、風当たりが強くなってしまった。番組の打ち切りも頭をよぎる中、家に「私は火星人です」と名乗るセールスマンのような男が現れる。脚本家にとってこれほどタイミングの悪い訪問者はいない。「もしかするとラジオ局からのまわし者かもしれない」と疑うが、脚本家には男を強気に追い返せない理由があった。それは男が訪れたと同時にかかってきた電話にある。

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 その電話は、セールスマンのような男の妻からだった。彼女曰く彼は『こんにちは火星人』の熱狂的なファンであると同時に分裂症とのこと。そのため自分が火星人だと思い込むようになり、4日前まで入院していたのだそう。加えてひどい狂暴症があるのでむやみに追い返すのは危険という始末……。予想もしない状況にたじろぐ脚本家だが、とりあえず男を家にあげて話を聞くことに。しかし、物語はここから奇妙な方向へと導かれていく。

 本作のほとんどは脚本家と男の会話で構成されている。そもそも自分が火星人だという時点で奇妙なのだが、物語に奇妙さを際立たせているのは他でもない男からの提案だ。「火星の土地を斡旋したい」「ラジオ番組がうまくいかないのであれば、自分を題材にした小説を書いてみてほしい」など、ラジオ番組のファンとは到底思えない内容を脚本家に提案してくるのだ。火星の土地の斡旋などリアルな世界ではありえないことだが、男はそれを言葉巧みに信じさせようとする。たとえ脚本家が男にとって耳の痛そうな話をしても、うまくごまかしながら寓話を事実へと誘っていく……。脚本家も次第に、今の出来事は事実なのかわからなくなっていく。もちろん読み進めていく僕らも同じだ。男の話を聞けば聞くほど、彼のリズムに心が持っていかれる。本作の魅力はそこにあると言っても過言ではないだろう。

 ごく一般的な家の座敷を舞台に繰り広げられる、奇妙で恐ろしささえ感じる本作の結末はぜひ自身で確かめていただきたい。きっと予想もつかない結末があなたを待っているはずだ。

文=トヤカン