「地獄島」で娼婦として働かされて能力開花? ダークヒロインが暗躍する大沢在昌「魔女シリーズ」最新作
PR 公開日:2024/4/19
一目見ただけで男の人間性を見抜くヒロインが戦う、大沢在昌の「魔女シリーズ」の第4作『魔女の後悔』(大沢在昌/文藝春秋)。過去作にはない新しいエッセンスが加わった最新作は、シリーズのファンやハードボイルド好きだけでなく、幅広い読者の心を揺さぶるエンタメ作だ。
主人公の水原は、少女時代に、祖母に私娼窟がひしめく通称「地獄島」に売られ娼婦として働いた過酷な経験から、瞬時に男の本質を見抜くという特殊能力を身に付けた女性だ。一生抜け出せないと言われた島からある人物の助けで逃げ出した後は、顔と名前を変え、その能力を活かし裏切りや嘘がひしめく裏社会のコンサルタントとして生きている。
闇のコンサルタントとしての水原の活躍や、自らの過去との決着を描いた1作目『魔女の笑窪』、日韓中を舞台に巨大な組織と戦った『魔女の盟約』、そして最強の敵に立ち向かう『魔女の封印』に続く本作は、水原が、恩人から「13歳の少女を京都まで連れてきてほしい」という依頼を受けるところから始まる。ただの輸送ではないと悟った水原は、仲間で元警官の星川らと共に万全の態勢で少女・本田由乃を連れ出すが、由乃や水原を拉致しようとする男たちに行方を阻まれる。相手の動きを読みながら京都を目指す中、水原は、5年前に死んだ由乃の父親が、韓国の巨額詐欺事件に関与していることを知り――。
男の内面を読む能力に加えて、冷酷さと胆力、そしてフィジカルな強さで敵を凌駕していく水原の姿は、第4作でも健在だ。隠された大金を狙う者、だまし取られた金を取り返したい日韓の外交筋、水原の過去を知り彼女を恨む者――13歳の少女・由乃をめぐって繰り広げられる命をかけた攻防と、さまざまな思惑を抱えた関係者の嘘と真実を見極めながら真相に迫る水原の姿からは、一瞬も目が離せない。
しかし本作の最大の見どころは、初めて「守るべきもの」を手にした水原の葛藤だ。絶望を味わい尽くした水原の強さの根源は、失うものがないこと、そして自分が生き延びるというシンプルな動機だった。そんな水原が誰かのために迷いながら戦う姿は新鮮で、見たことがない人間的な表情に親しみすら抱く。そして、愛情や家族といった誰もが共感できるテーマが通底した本作のストーリーはこれまでの3作と比べてもエモーショナルで、胸が熱くなる。
登場人物たちの背景やこれまでの出来事に触れながら物語は進むため、シリーズ過去作が未読の状態でも十分楽しめる。また本作は、水原の過去やさまざまな利害が絡むものの、水原の願いや一行の目的は一貫しているため、過去作に比べてわかりやすく、ハードボイルド初心者にも読みやすいだろう。
とはいえ、本作を読めば、魅力的な登場人物たちの過去のエピソードに興味を抱き、シリーズ前作も読んでみたくなるはずだ。過去のエピソードを振り返り、水原の葛藤の答え合わせをしてみてもいいだろう。そして、本作を経てよりヒロインとしての厚みや魅力が増した水原の今後も気になる。続編に期待。
文=川辺美希