罪を裁く若手裁判官の苦悩と成長を描く、異色の青春×リーガルミステリー『テミスの不確かな法廷』

文芸・カルチャー

更新日:2024/4/8

テミスの不確かな法廷"
テミスの不確かな法廷』(直島翔/KADOKAWA)

 裁判官だって、人間だ。人を裁く立場だからといって、常に正しい判断ができるわけではない。悩みだってたくさんある。真摯にひとつひとつの裁判と向き合い、自分自身と向き合っていく。そんな、罪を裁く若手裁判官の葛藤と成長を描き出すのが、『テミスの不確かな法廷』(直島翔/KADOKAWA)。元司法担当記者、直島翔氏による異色の青春リーガルミステリーだ。

 主人公は、任官七年目の裁判官、安堂清春。東京から本州のもっとも西に位置するY地裁に赴任して半年。判事として自立するには、まだまだ歳月が必要だ。幼い頃、発達障害と診断された彼は、大人になった今でも、思うようにいかない心身を制御するのに必死。それに、安堂が携わる裁判は、一筋縄ではいかないものばかりだ。市長候補が襲われた詐欺未遂と傷害事件の被告人で、弁護士との打ち合わせに反し、裁判中に容疑を否認し始めた地元暴力団の準構成員。ハミングをしながら現れ、微笑みながら、夫を殺害した事実を認める女性教師。「娘は誰かに殺された」と主張する父親……。さまざまな事件と人との出会いを通じて、安堂は裁判官として、そして、ひとりの人間として成長していく。

advertisement

 ページをめくれば、裁判官の日常が垣間見られ、そのリアルさに圧倒させられる。「裁判官は多忙」ということは知っていても、日本が先進国のなかで、人口あたりの裁判官の数がもっとも少ないということも、最高裁判事でさえ自宅に書類を運んで仕事をしていて、自宅で判決文を書くことが「宅調」と呼ばれることも知らなかった。人の死への責任を問う裁判でなければ、合議裁判にはならず、ひとりの裁判官で裁判が行われることも、検察官が裁判所に10日ずつ最大20日の留置を求める際に行われる勾留質問では、裁判官が被疑者へ直接質問を行うことも初めて知った。そんな司法の現場の詳細な描写は、元司法担当記者である直島氏ならでは。

 そして、読めば読むほど、裁判官をはじめ、司法に携わる人たちの人間臭さを感じる。彼らは一般人からすると、謎めいた存在に思えるが、ごく普通の人間。当たり前のように悩みを抱え、葛藤しているのだ。安堂は、裁判官として、被告人への理解と共感の狭間で、適切な判断は何かと迷うし、任官二年目の後輩は「判決の草案を書くにしても、判例探しばかりで、まったく自分の頭を使っていない」と嘆き、安堂のある判断を「自分の頭を使ったんだなって、うらやましく思いました」なんて言ってのける。

 ある弁護士は自らを「駄目弁護士」だと弱音をこぼすし、検察官だって軽口を叩くことも、怒りを露わにすることもある。そして、司法に携わる人たちが人間なら、被告人だって人間だ。何かを胸に隠し、それを簡単には明かさない。そんなごく普通の人が集うのが裁判所。それを実感すればするほど、人が人を裁く、裁判というもののかけがえのなさ、そして、難しさを痛感せずにはいられない。

「社会に交わる、ただそれだけのことのために必死になって生きている。将来を心配する以前の問題が、いつまでたってもぼくから離れていかない」

 安堂は自身の生きづらさをこう表現するが、毎日を必死に生きることは、着実に少し先の未来へと繋がっていく。まだまだ半人前の安堂が、もがき苦しみながらも成長していく姿に心動かされずにはいられない。そして、物語にちりばめられた伏線が回収され、真相が少しずつ明かされていくさまは何とも心地良い。全く知らなかった世界が身近になる。このリーガルミステリーを読めば、あなたも、不器用ながらもがむしゃらに前へと突き進んでみようと、何だか背中を押されたような気持ちにさせられるだろう。

文=アサトーミナミ