「良い人生」を目指すことに疲れたら「悪くない人生」へ。3年にわたる葛藤から見えた答えと決心で変わったこと

文芸・カルチャー

公開日:2024/4/4

元気じゃないけど、悪くない"
元気じゃないけど、悪くない』(青山ゆみこ/ミシマ社)

 50歳を目前に、心も体もポキっと折れた。普通はそういった状態というのは記録されにくいものですが、『元気じゃないけど、悪くない』(青山ゆみこ/ミシマ社)では、編集者とライターを生業としてきた著者の青山ゆみこ氏が、自分の中に3年ほどかけて起きた変化の「詳細」というより「まるごと」を読者に教えてくれます。

 描写の対象になっている期間は2020年12月から2023年12月まで。2020年は夫が狭心症になり、年齢の近い自分にも「老い」の気配を感じていたといいます。そして年末、「オーバードライブしたパソコン」のように調子がおかしくなり、青山氏は仕事が手につかなくなります。

 今までそうした状況を防いできていたのは、「三十年来の悪友」こと、お酒でした。しかし、体調不良によって著者は食生活の全面的見直しを強いられ、「ノンアルコールゆみこ」となります。

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 気の合うパーソナルトレーニングのトレーナーに出会った青山氏は、小さいチャレンジがもたらす達成感に心を躍らせます。そして、食事制限して「食べないこと」を推進していくのではなく、例えば油ひとつとっても良い油を、良い方法で使って、「食べること」そのものを見直すというスタンスになります。

「食べない」ではなく、「食べること」の意味を考え始めると、不思議なほど体重も体脂肪率も減り続けた。面白いくらいに、栄養バランスに配慮したことで、極端なダイエットで感じたような身体の不調もなかった。
一ヶ月を過ぎた頃には体重四キロ減、体脂肪率五パーセント減。

「休んだほうがいいんじゃない?」と言われることは、誰でも経験したことがあるのではないかと思います。かく言う私もありますが、正直なところ「いや本当に休めるなら休みたい、でも仕事が……」と二の足を踏む言葉が出てしまうのではないでしょうか。青山氏のように、ある状況に追い込まれる前に、予防的措置や前もっての行動を起こすというのは本当に難しいことです。

 青山氏が命からがら覚えて書き留めてくれた本書の「まるごと」の記録は、心身のバランスが崩れる手前での決心をじっくり支えてくれるような、しなやかさを持っています。

 例えば、青山氏はどちらかというと細かな「名もなき家事」を楽しめるタイプの人柄で、「すべきこと」を多く日々の生活の中に持っていました。しかし、心身の状態が崩れたとき、「できること」ができなくなってしまいます。そこで「片付けを手放す」「家事をあきらめる」という選択をしました。普段から片付けをあまり気にしていなかったり、家事がおおざっぱだったりする人にはあまり共感できないポイントかもしれませんが、青山氏にとってこれは一大決心でした。

 うまくいかないことはやめる。悪くないことはやってみる。このような方針のもと、ささやかな改革が行われていきます。仕事のコラボレーターやオンライン文章講座の生徒さんたちに、紡げる限りの言葉を紡いだとき、ある学びを得た姿は多くの読者を勇気づけるでしょう。

自身の不調を打ち明けて「すみません、いまは無理です」と泣きつくようなメールを送っても、揃って「いつでも大丈夫です」とただただ信じて待ってくれたのだ。誰かに信じてもらえる。見守ってもらえる。それがこんなにも心強いもので、言葉のやり取りに希望を与えられることをわたしが教えられた。

 こうして「保留」の状態を作ることができた青山氏は、本書を出版するにまで至りました。勧めるでも制止するでもなく、ありのままを差し出していることで、私がそうだったように、読み手をホッと一息つかせてくれることでしょう。

文=神保慶政