圧巻の筆致で迫る、江戸の職人たちの意地と技術、そして「手」。数々の漫画賞を受賞した話題作『神田ごくら町職人ばなし』
公開日:2024/4/3
職人に憧れている。何か、たった一つのことを黙々と行い、技術を極める彼らを格好いいと思う。自分も“職人肌”“職人気質”という褒め言葉で呼ばれたい気持ちが多分にある。さまざまな職種で、地道にやった仕事に価値を見出してもらいたいと思う人はたくさんいるのではないだろうか。
そんな人に読んでほしいマンガが、いくつもの賞でその名を知らしめている『神田ごくら町職人ばなし』(坂上暁仁/リイド社)である。
「THE BEST MANGA 2024 このマンガを読め!」で第1位、「出版社コミック担当が選んだおすすめコミック2024」で第1位、「このマンガがすごい!2024」のオトコ編で第3位など、昨年末から一躍脚光を浴びている本作を紹介していきたい。
ここは神田ごくら町。職人たちが生きる場所
物語の舞台は江戸時代の神田にある架空の街「ごくら町」。描かれているのは、そこで腕をふるう職人たちの技と意地、その日常だ。彼らの一話完結のストーリーを、五編(七話)のオムニバス形式で収録している。歴史ものというと、重厚すぎるのでは?と身構えてしまいそうだが、本作の読み味は終始軽やか。スッと読める短編なのだ。
【桶職人】
木を箍(たが)で締めて組み上げる女桶職人の一日。彼女が材料としてこだわった木と向き合い、一つ一つの桶に魂を込めて作っている。ただそれだけの描写なのだが息をのむほど引き込まれる。
【刀鍛冶】
弟子たちの尊敬を集める腕利きの女性刀匠は、あるとき「金や仕事なんざどうだっていい」と呟き、唯一無二の刀を打つ。その胸中には、彼女の打った刀で子どもが無礼討(ぶれいうち)にあう事件があった。熱と音が感じられるような鍛冶場の描写が圧巻である。
【紺屋(こうや)】
染め物屋である紺屋の女職人が意匠(デザイン)に悩んでいるところから物語は始まる。藍染に行き詰まり、友禅染の流行に気をとられていた彼女がインスピレーションを得たものとは?
【畳刺し】
忙しい暮れの吉原に畳屋の一行が張り替えにやってくる。当時は当たり前だが手仕事で大きな針を刺していく。退屈な花魁たちが彼らを冷やかす。そんななか、売れっ子の花魁・花里が仕事を終えたばかりの部屋で、張り替えを任された畳刺しに彼女が熱い視線を送る……。個人的にはこのエピソードの構成に心をぐっと掴まれ、脳内に新しい畳の匂いが香る。
【左官】
ごくら町で知らない人間はいない立派な土蔵「長七蔵」。その普請にかかわる100年前の物語。蔵に名を残したのは“腕っこき”の長兵衛店左官のお七こと、長七。だが、その蔵のなかには名は残されていない、上方から来た左官職人の手仕事もあったのだ――。
職人たちの“手”から考えさせられる大切なこと
「圧巻の描写でよみがえる、江戸職人の技と意地」というのは本作のコピーだが、言いえて妙である。取材を生かしたという情報量の多さ。魂が込められ、心意気が感じられるキャラクターの熱量。そして何より描きこまれた重厚な作画が、読者を江戸の職人街に転移させてしまう。まるで江戸時代を取材したドキュメンタリーのようなリアリティ、とは言い過ぎだろうか。
最後に私がしびれたポイントを語らせてほしい。それは、職人たちの“手”である。キャラクターの顔はどちらかというと劇画調ではなく、すっきりとしているにもかかわらず、彼らの“手”には一様にくっきりと皺が描かれている。女性の刀匠も、優男の畳刺しも、女左官も、全員の職人としての技術や経験、生き様が刻まれているのだと想像できる。全コマ、背景まで描きこまれ画面はすべて見応えがあるのだが、やはり本作の職人たちの“手仕事”の描写は、特に手に注目して読んでみてほしい。
作者・坂上暁仁氏のあるインタビュー記事を読んだが、取材した職人に刺激を受けて自身も「職人のように地道に描いていきたい」と考えているそうだ。ライターの自分も、自らを顧みて“手癖”で仕事をしていないか、「心意気のある」いい手仕事ができているだろうか、と深く考えさせられた。
文=古林恭