第6回「地獄へようこそ」/酒飲み独身女劇場 ハッピーエンドはまだ来ない⑥
公開日:2024/4/6
ふらり迷い込むは地獄
春、綿菓子のように優しい風にふわりと背中を押され住宅街を通り抜ける。
商店街を歩いていると揚げたてのコロッケのいい匂い。
片耳にだけはめているAirPodsから流れる星野源の休日のような歌声。
絵に描いたような日曜日の午後を過ごしていたはずだった。
…が5分後。
なぜか私は、地獄に足を踏み入れていた。
商店街の途中に大きなお寺があるなと立ち寄ってみると、どうやらそこでは地獄を体験することができるそう。
なんなら、地獄を巡るデートスポットにもなっているらしい。
看板と化した小鬼の指差す方向に行くと「あなたはどこに行くか診断」という適性テストが待ち受けていた。
天国か地獄、どちらに自分は向いているのか判断してくれるそうだ。
なんだかMBTI診断みたいだなぁ。
最近は就職活動の内定も、この診断結果で決まることがあるという話もよく聞く。
診断結果をすぐ鵜呑みにしてしまうので、やるもんか!と思っていたけれど
あまりにも当たってるなどの口コミを見ていくうちに気になってしまい、寝る前に布団に横たわりながら一度試しにやってみた。
結果はINTPと診断され詳細を読んでいくと、「良心が欠落」や「口下手な学者」など悪口が羅列されていたので悲しくなった。布団から這い出て飲み屋に行ったあの日の夜は忘れない。
ここの閻魔大王なら本当の自分をわかってくれるはず。
「心身の健康を心がけている」か「暴飲暴食、自分を粗末にする」など道徳の授業の心のノートに書いてありそうな項目に回答していく。
全て答え終わると少し間があった後、ハリー・ポッターの組み分け帽子のようなしゃがれた声で「極楽行き!!!」と行き先が決定された。
地獄の沙汰は金次第?
やっぱり善人じゃないか。
さっそく極楽に向かおうとしたら、大きく貼り出されたお楽しみガイドが目に入った。
どうやらこのお寺を隅から隅まで楽しむためのマップらしい。まずは地獄へ行ってみようと書いてある。
先ほど、診断で行き先を決めたのはなんだったのか。
念の為、住職の方に尋ねてみると「地獄は行ってみたほうがいい」と言われたので地獄通行手形を購入。
なんと地獄を通行するためにはお金がかかるのだ。
地獄通行手形に記載されているQRコードを入り口にかざす。
「地獄って思っていた以上にハイテクなんだなぁ」と感心しているとゴゴゴと扉が開き、威厳を放つ閻魔大王が待ち受けていた。
周りには白髪の老婆やシックスパックが割れている大鬼がものすごい形相でこちらを見ている。
地元のお化け屋敷を思い出すような空間に閉じ込められた。
子供の頃に訪れたらトラウマになっていたに違いない。
いまだに子供の頃に見た映画『着信アリ」のせいでシャワー浴びていると背後が気になるんだから。
子供でもわかるように平仮名で「さいせん」と書かれている賽銭箱にお金を入れて銅鑼を叩くと、突然始まる閻魔大王による自分語り。
大変有り難いお言葉だけど、校長先生並みに長かったので途中で撤退。
その後も、地獄の釜の音が聞こえるという石の中に頭を突っ込んで耳をすませばしてみたりするものの、極楽行きの人間だからなのか何も聞こえない。
ようやく「仏の国はこちら」の標識を見つけたので、手すりにつかまりながら降りていく。
極楽なのになんで地下に降りているんだろうという一抹の不安はさておき、辿り着いた先はなんだか怖かった。
なんかよくわからないけど、不気味だなと思ってしまった。
ポタポタと水が垂れる音だけが響き渡る洞窟。
地面に広がる鮮やかな曼荼羅。
キングダム ハーツでこんな床見たことあるぞ。
そこで座禅を組んで瞑想するらしいが、身体が硬すぎるのか緊張のせいか呼吸が詰まる。極楽浄土一択!と思っていたけれど、果たして本当にそうなのだろうか?
地獄のほうが賑やかで人間らしさがまだ残っている気がしてきた。
圧倒的カリスマの閻魔大王に、体を鍛え上げている小鬼達、自由自在なヘアスタイルの老婆、みんな個性がある。
この気持ちを確信に変えてくれた作品に最近出会ってしまった。