二重三重に張り巡らされた陰謀劇、没落令嬢に隠された秘密。自由を求めた戦いの先に待ち受けるのは…?
公開日:2024/4/11
私たちは自分の人生は自分の意思で選んでいると思っている。しかし本当にそうだろうか。食事や習慣は生まれた国や環境の影響を受ける。学校では勉強やスポーツで競争を強いられる。社会人になれば他人に合わせる必要がある。いつの間にかさまざまな制約に縛られ、他者の思惑に従っていることはないだろうか。それでも敷かれたレールを外れ自由を求めるのならば、相応の覚悟が求められる。
『汝、わが騎士として』(畑リンタロウ/電撃文庫/KADOKAWA)は、縛られた人生から外れて自由を手に入れるため、困難に立ち向かう主人公とヒロインの物語だ。電撃小説大賞の選考委員奨励賞受賞作。作者は本作がデビュー作となる新人作家だ。
エルバル独立都市に所属する情報師のツシマは、没落貴族の娘ホーリーをバルガ帝国から亡命させる依頼を受ける。ホーリーは世間知らずなお嬢様だった。美少女であるが、ごく普通の少女の命を狙って、正規軍や情報師の刺客が次々と送りこまれる。なぜホーリーが狙われるのか、その理由を知らされぬままツシマは追手との戦いを繰り広げる。
情報師とは、脳内で描いたコードを執行することで物理現象を発生させる異能者だ。科学的に解明されている現象であれば、すべてを現実に再現できる。その力は素手から熱線を放ち、身体を強化し、傷を癒やす。かつては魔術や錬金術と呼ばれ、一握りの人間だけが扱える稀有な才能だった。彼らは戦争の道具として、または問題解決の手段として使われていた。ツシマもかつては戦争に従軍した百戦錬磨の情報師だった。
世間知らずなお嬢様ホーリーと世間擦れした情報師ツシマの組み合わせが面白い。いかにも箱入り娘のホーリーはスナック菓子を珍しがり、異性の目に無頓着で素肌をさらしたりもする。荒事のプロであるツシマは、小娘のお守りを面倒だと言いながらも、護衛の仕事は完璧にこなし、敵を殺すことにためらいがない。生まれも育ちもかけ離れたふたりが生み出す化学反応を楽しめる。
ホーリーを護衛し逃避行を続けていたツシマだが、帝国最強の情報師「六帝剣」の一人、カヌス・ミーレスが立ちはだかる。そしてカヌスの口からホーリーの正体と亡命の真相を明かされる。ただのお嬢様の逃避行が、いつの間にか国を揺るがす陰謀劇へと繋がって、勝ち目のない最強の敵との戦いに巻き込まれていく怒涛の展開に翻弄される。
命を狙われるホーリーにツシマは、かつて姉のように慕いながらも救えなかった女性と重ね合わせ、今度こそ自分の力で彼女を救うために命をかける。自分のためにカヌスとの対決に挑むツシマに、ホーリーは自らの騎士とする誓いを交わす。騎士は主に命を捧げ、主は騎士に命を預ける。運命共同体となったふたりは、自由を求め、それぞれの決戦へと向かう。
本作の魅力のひとつは、世の中の理不尽に真っ向から打ち破る主人公とヒロインの不屈の精神だ。過去の戦争での苦難や失ったものへの悲しみ。生まれや境遇で人生を縛られた不運や虐げられてきた苦悩。誰よりも過酷な現実に直面しながらも、それでも逃げずに手をとりあって立ち向かうふたりの姿が読み手の心を揺さぶるのだ。
ツシマとホーリーがたどり着くのは、自らの意志で選んだ道か、それとも他者の思惑に翻弄された結末か。いずれにせよ、彼らの誓いは誰に指図されたものでもない、真実の自由だ。どうか皆さんも、物語の読者となってふたりの旅の終着点を最後まで見届けてほしい。
文=愛咲優詩