世界最大の旅客飛行船を通して繋がるボーイ・ミーツ・ガール小説。筒井康隆『時をかける少女』にも通じる青春SF世界とは
公開日:2024/4/22
世界最大の旅客飛行船グラーフ・ツェッペリン号。
全長236・6メートル、最大直径30メートルにも及ぶ巨大な飛行船は、1929年、旅客飛行船として史上初めての世界一周を目指してアメリカを飛び立ち、ドイツに立ち寄ったのちにシベリアを横断して東京(霞ヶ浦海軍航空隊基地)に姿を現した。
土浦第二高校二年生の藤沢夏紀は、なぜか100年前に土浦に飛来したグラーフ・ツェッペリン号の姿を亀城公園の小高い丘から見た記憶があった。ある一人の少年と一緒に。小中学校を飛び級で進級し現在は東京大学二年生の北田登志夫は、土浦量子コンピューター・センターにアルバイトとして通う17歳。彼もまた子どものころに亀城公園の小高い丘から飛行船を見て、「グラーフ・ツェッペリン号だ!」とそばにいた女の子に飛行船の名前を叫んだ記憶があった…。
2024年版「SFが読みたい!」の国内篇1位に輝いた高野史緒『グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船(ハヤカワ文庫JA)』(早川書房)は、実際に日本に訪れたことのある飛行船グラーフ・ツェッペリン号を題材に10代の男女の心情の機微を描いたSF小説。
舞台は茨城県土浦。土浦第二高校のパソコン部に所属する主人公の女子高生の藤沢夏紀は、Windows 21が発売となり、インターネットを介した情報化時代に胸を躍らせ、オカルト雑誌「月刊アトランティス」のネタに友人との話が盛り上がる。一方、もう一人の主人公である北田登志夫は実用化された量子コンピューターに関わるアルバイトをする。
本書を読み進めると、夏紀と登志夫それぞれの住む世界が実は違うことに気付く。そう、本作は違う世界線の男女の出会いを描いた、ボーイ・ミーツ・ガールな青春SF小説の王道なのである。
時間、距離、空間を隔てた物語は青春小説としてとても相性がよく、とくにSF小説においては古くは筒井康隆の『時をかける少女』や、近年では新海誠の一連の作品など優れた青春物語が存在する。思春期の訪れとともに知ることとなる大人の世界や異性への関心、出会い、そして恋という初めての感情。思春期の頃に自分の前に現れるこれらの「未知の世界」への不安が、SFという手法によって「異世界」として描かれることで、読者はときに登場人物の心情に感情移入し、ときに「そんな時代もあったよね」とノスタルジーに浸るのである。
そうしたボーイ・ミーツ・ガールの物語でもっとも重要なのが、お互いの出会いとなる仕掛けである。夏紀と登志夫はそれぞれ不思議なことに「グラーフ・ツェッペリン号」を見たときにお互いが同じ場所にいたことを思い出として共有している。夏紀はそばにトシオという少年がいたこと、登志夫はナツキという少女がその場にいたことを「憶えて」いる。その二人が初めて直接コミュニケーションをとる場面は(ここで詳しくは書かないが)、本作でもとびきりの名場面である。“ガール・ミーツ・ボーイ”なこの本作の仕掛けは、現代的でありつつも深い郷愁を誘う。
もうひとつ本作で印象的だったのが、主人公の夏紀と登志夫の物語が「恋愛」ではなく「自分」へと内に向かって収斂していくことである。これは物語の核心へと近づくにつれて明らかになっていくのだが、なぜ夏紀と登志夫が互いを意識しあうのかがSF的仕掛けと相まって大団円を迎える。これぞ青春SF小説!と喝采したくなるラストなのである。
『グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船』は、ノスタルジックな感動とともに著者のSF的技巧にも唸らされる一級品の青春小説なのだ。
文=すずきたけし